雪に溶ける

今年のクリスマスは、マネージャーの非常に強い要望で半日練習になった。

「なんでだよ!去年と一緒で1日練習すればいいだろ!」
「うちらもクリパしたいんだよ!なんでクリスマスまで木兎のお守りしなきゃなんないのよ!」
「クリパ?栗のパーティー?」
「クリスマスパーティーだっつの!」
「栗も美味しいけどねぇー」
「俺達とすればいいだろ!」
「やだっつってんの!」
「どーせ彼氏いないんだろ?」
「あんたたちも彼女いないでしょ!」
「うるせー!」

これに乗らない手はないと俺も全力でマネージャーの味方をして、なんとか木兎さんを丸め込んだ。この場合の敵は木兎さん1人だから、そう難しいことじゃなかった。
結果その日は半日練習で、マネージャーは友達とクリパを楽しむらしい。

「男子は男子で集まるだろ?」
「あ、俺パスでお願いします」
「あかーしノリ悪い!つーかなんで!」

クリスマスに半日も休みがもらえるなら、それを有効活用しなくてどうする。

その後、すぐに文章を考えて透子にメールしたのは今もはっきり覚えてる。そして俺自身、今日という日をめちゃくちゃ楽しみにしてたのもわかってる。そうじゃなかったら俺は木兎さんに休憩返上で付き合ったりしない。デカイ袋をエナメルに突っ込んで登校もしない。
あ、この袋を透子が持って帰るってことを考えてなかった。まぁいいか、最寄りまで送っていけばそう大変なことじゃないだろう。

「お先に失礼します」
「あかーしぃ!」
「お疲れ様です」
「冷たい!」

騒ぐ木兎さんを無視して体育館を出ると、日中とはいえ風の冷たさに体が縮こまった。
こんな中待たせたくないから部活が終わる時間を遅く伝えたけど、まさか早く来てないだろうかと足は逸る。
真面目すぎるのか透子は10分前行動を当然のようにするから困る。いや、もちろんそれは悪いことではないんだけど、普段が遅刻することの多い人達とつるんでるから人を待たせることにどうも慣れない。そもそも彼女を待たせることをしたくない。

手早く着替えて、ほとんど走るようにして着いた待ち合わせ場所。どうやら俺が先に着いたらしい。勝負をしてるわけではないけど、今日は先に着いたとどこか勝ったような気持ちになった。

「ごめんなさいっ待たせちゃった?」
「全然、待ってないから大丈夫」

学校の外で会うときはもちろんお互い私服なんだけど、今日はそうもいかない。学校のない透子は私服で、部活があった俺は制服とちぐはぐになる。俺のことはどうだっていいから気にしないけど。

「本当に?寒くない?」

近付いて俺を見上げながら首を傾げる透子の破壊力と言ったらない。
登場時のマフラーで口元が埋まった透子の破壊力も半端ないんだけど、上目遣いヤバい。

「うん。俺は平気だけど、透子が冷えるからどこか入ろうか」
「京治くんはお腹空いてる?」
「部活だったからそれなりに」
「じゃあご飯食べよう」
「透子はいいの?」
「うん。京治くんお腹空いてるだろうなと思ってたから、まだ食べてない」

これ俺と一緒に飯食べたかったって取っていいんだよね?そうとしか思えないけどいいんだよね?はぁ?なんだよそれかわいいかよ。どう考えたってかわいくないわけないだろ。

「食べたいものある?」
「うーん、透子は?」
「ない」

そうか。がっつりいきたいけど、俺に付き合わせると透子が大変だろう。それにクリスマスだしな。手持ちはあまりないけど、それっぽい所…

「じゃあ俺が決めていい?」
「うん」

洋食屋がいいよな。確かオムライスの店があったはず。ちょうど昼時だけど、席は空いてるだろうか。少し待つことになってもいいか。

手を繋いで店の前まで歩くと、想定外の場所だったのかこてりと透子の首が傾いだ。

「オムライス…?」
「うん。嫌だった?」

歩いてるうちに時間がずれたのか、混んではいるけど並んではいないな。

「そんなことない。意外だっただけ」
「そう?」
「なんとなくだけど、男子はファミレスに行くのが多いイメージあるから」
「ああ」

確かにコスパ重視だとそうなるよな。実際夏休みに2人で行ったのはファミレスだったし。

「でも今日くらいファミレスは外すよ」
「そうなの?」
「だって、時間は短いけど最初のクリスマスデートだよ?」
「そう言うもの?」
「ファミレスがよかった?」
「ううん、なんか気遣ってもらってたみたいで…えっと、ありがとう」

あ、久しぶりに恥ずかしがった。
寒くなってから気付いたけど、どうやら恥ずかしいときに髪を触る癖は、顔を隠すためだったらしい。マフラーに顔を埋めて隠れようとしてるのに、繋いだ手は離れないように少しだけ力が込められるのがかわいくてヤバイ。なにがヤバイってかわいすぎるのがヤバイ。語彙力なんてものは透子を前にしてから存在してない。そんなもんどっか飛んでった。

「ここでいい?」
「ここまで来て嫌とか言わない」
「そっか」
「それにオムライス嫌いじゃないし」
「ならよかった」

そんなことを話していたら、思っていた以上にスムーズに席に着けた。注文もなんの問題もなく、さてどうしようかと思った頃。透子に声をかけられた。

「あの、ちょっと早いんだけど渡してもいいかな…?」

なにを、なんて無粋なことは聞かない。

「うん」

オズオズと差し出されたのは小さな紙袋。

「開けてもいい?」
「うん」

手のひらに転がり出てきたのは、このあたりで有名な神社のお守りとミサンガ。

「なにがいいか全然わかんなかったから、大会で勝ち続けられるようにって…思って」

こういう時、なんて言えばいいんだろうな。
このお守りが買える神社は、透子の家から近くない。梟谷のジャージによく似たデザインのミサンガは、きっと透子が作ってくれたんだろう。どちらも時間と労力がかかっただろう。

「ありがとう」
「もっとクリスマスっぽいものを用意できたらよかったんだけど、わかんなくて」
「そんなことない、最高のプレゼントだよ」

俺の語彙力は完全に消滅してたらしい。もっと言いたいことも気持ちだってあるのに、なに1つ言葉にできそうにない。
こういう時は木兎さんの奔放さが羨ましくなる。

「京治くんが喜んでくれたならよかった」
「え、そんな顔に出てる?」
「そうじゃないけどわかるよ」

どうしてそんな嬉しくなることを言ってくれるのか。これが無意識なんだから質が悪い。

「京治くん、オムライス、たぶん来るよ」

透子には食べ終わってから渡そう。
サイズ的に驚くかな。でもあの時と同じく喜んでくれたらいいなと思う。

「本当にありがとう。絶対勝つから」
「うん、期待してる」


2017/12/25