(山姥切国広の場合)
俺が初めて今の主と逢った時から、俺の運命とやらは決まっていたんだろう。
「おお、本当に人の形を模した」
初めて目にした主は、俺よりも幾分か背が低い女子だった。これから共に歩むべく俺を自ら顕現させたわりに、やけに驚いて目を見開いていたのをよく覚えている。
「はじめまして。当本丸を取り仕切る菱と申します」
「山姥切国広だ……何だその目は。写しだというのが気になると?」
「写し?すみません、私その辺はよくわからないんですよね」
俺のことを知らずに選んだと言うのがそもそも理解できなかった。少なくとも、本科である長義は知っていると思った。
「では霊力か?化物切りの刀そのものならともかく、写しに霊力を期待してどうする」
「いや、え?」
問えば問う程わかる。こいつは今までの主とは天と地…いや、比べることすら難しい程に無知だ。
「では、何故俺を選んだ」
「何故って…一番綺麗だったから?」
「綺麗…だと?」
「はい」
俺を見て綺麗だと?無知なだけでなく、どうやらその眼も曇っているらしい。
「綺麗とか、言うな」
「でも、鑑定士でもない私がいくら刀身を見たところで、何がどう違うのかなんてわからないんですよ。だから刃文が一番好みだった刀を選んだら山姥切さんだったってだけです」
「俺は綺麗でなければ、その様に言われるような物でもない」
写しである俺が、他の名刀と並ぶ筈がない。綺麗だなんて、そんな言葉は俺なんかに使うべき言葉ではない。ましてや好みだなんて、それこそ俺に相応しい言葉じゃない。
「まぁ、私の趣味はおかしいとみんな文句ばかりつけますからねぇ」
「そもそも俺は写しだ。他にもっと、俺よりも良い名剣名刀があるだろう」
俺がそう言った瞬間、常にゆるりとした空気を纏っていた彼女が一変した。例えるなら、外していた弓の弦を張りつめた様。そうは言っても、目の前にいるのは無知で小さいただの女子。堪え難いものではなかったが、それは射抜かれると表現するに値するものだった。
「学がなくて申し訳ないんですけど、私に言わせればそれが名刀や名剣であるか、写しや偽物であるかは関係ないんですよ。私が選んで私の元に来る刀は皆総じて本物で名刀です」
彼女は先程までの様子からは概ね予想できなかった剣幕で、とんでもない暴論を繰り広げた。しかし、誰が何と言おうと本科は本科であり、写しは写しで、贋作は贋作でしかない。これは覆しようのない事実。
「そんなことを言っても、すぐに他の名刀がよくなるだろう」
「そんなもんその時にならなきゃわかんないですよね?そんなくだらない御託をいつまでも並べ連ねる余裕があるのなら、黙って私の元に来なさい」
なんて無責任な言葉。なんて不遜な物言い。そう思わないこともなかった。しかしどうして、彼女の「関係ない」と言う言葉がいやに良く響いてしまった。
「…わかった」
一層清々しさすら感じる横暴さに、彼女ならば仕えても良いと思ってしまった。
今までの主と違い刀を振るう様には到底見えず、儚さすら見え隠れする彼女の側で彼女の為に戦うのも、そう悪いものでもないだろう。
「ありがとうございます」
気が抜けたように笑うと、先程までの張り詰めた空気も柔らかくほどける。
「とりあえず、私と一緒に歴史を守る仕事を手伝ってもらう訳なんですけど、まずはここの事を知りましょう」
そうして二人で本丸の話を案内役だと言うこんのすけに聞いた訳だが、何故わざわざ俺を顕現させてからだったのかと聞いたら「一人で覚えられる自信がないから巻き込もうと思った」と返って来た。方向感覚もあまり良くないらしく、案内途中にも関わらず何度も道を間違えていた。
「…頼りないな」
「頼りなくてすみません、これから頑張ります」
「菱様、公務についてはよろしいですか?」
「たぶん。わかんなかったらまた聞きます」
この本丸の説明に裂いた僅かばかりの時間で「たぶん」や「なんとなく」といった曖昧で不明瞭な返答が多くて、どうして頼れると思えよう。
極めつけにはこの態度。何故この主は刀相手にへりくだっているのかわからない。
「おい」
「なんですか?」
「あんたのその話し方はなんとかならないのか?」
「神様に対して誤った選択ではないと思ったのですが…え、言葉おかしかったですか?」
ああ、そもそもの認識が俺とは異なっていたのか。
「そうではない。俺が何者であるかよりも、あんたは俺の主だろう」
「でも…」
「そうですよ!菱様は刀剣男士の皆様方を使役する主となられたのですから、堂々となさってください!」
「いや、使役すると言っても神様と人間じゃあ身分が」
「それなら彼等を使役する主となられた菱様の方が上になりますよ」
「ううう…」
少し考えてから納得した、と言うよりも諦めがついたらしい。先程よりも砕けた口調で道案内の続きを再開したが、盛大に左右を間違えるものだから咄嗟にその腕を掴んでしまった。
「ごめん、ありがとう」
そう言って苦笑した彼女の腕があまりに細くて驚いた。
気を取り直して歩く彼女を見ながら、写しである俺にどこまでできるかはわからないが、少なくとも本丸の造りを彼女の体が覚えるまで一人で歩かせるのはやめようと思った。
一通り回ったところで、彼女は思い出したように口を開いた。
「あの、随分と広いけど、最終的に何人くらいここに集まることになるんですか?」
「ざっと五十口程でしょうか」
人間が所有する刀剣は二振りか、多くて三振りあることが殆どだったが、ここではそれを遥かに越える数を集めるらしい。
余程の収集家や城を構える者でもなければ考えられない数ではあるが、刀剣として人間が扱うのではなく、使役するべきものとして集めるのならば納得はできよう。
「ごっ…食事って私が準備しないといけない、ですよね…?」
「いえ、今後数が集まればそれぞれ作業を分担した方が良いと思います。その方が菱様の負担も少ないでしょう」
「そうなったら助かるけど、それっていいのかなぁ」
人は食事をしなければ衰弱すると知ってはいるが、やはり彼女もそうなんだろうか。
何かを食べる時、人は食べられる物を切ったり焼いたりしていたように思う。人間が生きる為に必要ということは理解できるが、この頼りない主にそれを任せてもよいものか。そう逡巡したが、人の事を理解していない俺に何ができるか問うて、下手なことは言わない事にした。
「こんのすけは物を食べる事はできるんですか?」
「はい!」
「じゃあ三人でちょいと腹ごしらえをしましょうかね」
三人とは。そう思ったが楽しそうに厨に足を進める主の小さな背中を見て、今はなにも言うまいと決めた。
刀の時に一度もそう思わなかった訳ではないが、あの時と今は違う。理解に欠ける、ましてやこちらを意識していない話に耳を傾けるのも、人の形を取っている今、居心地が悪いような妙な心持ちになる。
「何が好き?」
「わたくしはあぶらあげが好きです!」
「ほう、さすが管狐と言ったところか」
いつの間にやら言葉は大分砕け、話が途切れる気配も全くなく、厨に着くまで俺は外の景色に意識を傾け、可能な限り話を耳に入れないよう努めた。
「すごーい!なにこれ舞台セット?わ、業務用の冷蔵庫隠れてる!この空間に似合わなすぎる!」
「各審神者様の時代に合わせて用意させて頂きました。乾物や調味料等は、既にある程度棚にご用意させて頂いております」
「やだ!冷蔵庫あるのに火起こしとか!小学校のキャンプ以来なんだけど!」
「おや、菱様は経験がお有りでしたか」
「いやいや。経験なんて言っても、もうずいぶん前のことだからね。というか冷蔵庫あるならガスコンロでもよかったと思うんだけど」
「ですが釜炊きのご飯は美味しいと聞きますよ」
「たしかに…」
厨ではなにやら楽しげに話しているのを後ろから眺めている。今まで人の形を取っていなかったから、食事という概念がいまいち理解できない。理解できないところで人と異なる俺には関係ないだろうと思っていたら、突然呼ばれて反応が遅れた。
「いやね、今後ここをばんばに任せる事もあるやも知れないからさ、是非火の起こし方を覚えてもらおうと思って」
「菱様は火を起こすのが不馴れなご様子ですので、こんのすけからもお願い申し上げます」
不馴れというだけでなく彼女自身が忘れるからと言う理由が隠されていそうだが、実際忘れられた時に聞かれて知らないと言うのも困るので、今覚えておいて損はないだろう。
そう思い、こんのすけに指示されるがまま火を起こす事に徹した。
「さすがばんば!手際がいい!」
「菱様とは大違いですね」
「ちょっとー、事実だけど言いすぎ」
「これは失礼致しました」
「ばんば、大丈夫だとは思うけど、間違えてその布焼かないようにだけ気を付けてね」
火を起こして釜に火を入れるまでにそんな話をされた。
「あー、もう火は全部ばんばに任せようかなぁ。私全然できそうになかったもん」
「力は不要なので、慣れではないですか?」
「それならばんばもできないはずでしょー?」
「それもそうですね」
俺を交えずに俺の話をされるのは構わない。今後何をやらされても言われても、刀である俺は彼女が主である限り、逃れようもなく聞き入れるしかないのだから。しかし、一つどうしても気になる事がある。
「お?なんとなくだけど腑に落ちない顔?なんかあった?」
「ばんば、とはなんだ」
「え?あだ名」
俺を呼ぶ妙な呼び方について聞いてみたが、あっさり返ってきた。が、納得できるかと問えばそれはまた異なる話。
「よくわからんって顔してるね」
「こんのすけも気になります」
こんのすけも首を傾げると、彼女は腕を組んで首を捻った。それがなにを示すのか、俺には推察できる程人間としての知識と経験がない。
ややあって開かれた目は、先程同様射抜く様に俺を見据えた。
「よくわかんないけど山姥切って二本?二振りか?あるんでしょ?且つ写しであることを気にしてる。それなら全く別物としたらいいかなと思って違う呼び方考えたんだけど…やっぱりダメだった?」
その視線はほんの一瞬のもので、首を傾げながら告げられた言葉は、少し間の抜けたものだった。
駄目もなにも、俺は彼女の所有物でしかない。所有物は所有者の命に背くことはできない。それが道具として作られた物の運命。
「それが主命であれば、俺は拒否権を持たない」
「そんな大層なもんじゃないから、嫌なら普通に山姥切って呼ぶけど…どっちがいい?個人的には長いから短縮したい」
俺の為と銘打ちながらその裏に隠すべき本音を明け透けにするのは如何なものかと思うが、そこに嫌な感情は全く沸かないのだからこの主は本当に仕方がない。
「好きに呼ぶと良い」
諦めとも違う表現し得ないこの気持ちは、へらりと笑う彼女の持つ独特な雰囲気に当てられたせいだろう。
「じゃあばんばね。とりあえず軽くと思ったからさ、お素麺作ったんだけどいい?」
「刀である俺に食事は不要だ」
「そのようなことはございません。人の体を得た今、人間である審神者様とは多少造りが異なりますが刀剣男士の皆様方も食事は必要不可欠でございます」
「そうなの?」
「菱様にはご説明差し上げたのですが、覚えていらっしゃって用意されたのではなかったのですか?」
「なんとなくだけど?」
それよりも、言われたことをすぐに忘れてしまうから、あまり目を離せないというのが一番大きな理由かも知れない。
「もー、いいから食べるよー。私お腹すいたんだよぉ」
人の身を得て初めて食べた素麺のつるりとした感覚は、嫌いじゃなかった。
「初めて食べたものが素麺じゃあ味気ないけど、人の体もなかなか悪くないだろ?」
「…そうだな」
それにせっかく人の体を得たのだ。今生の命、この頼りない主の為に使うのも悪くない。
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