(最初の一人)


こんのすけに言われたように、一度着替えをさせてもらうことにしよう。
なにせ私はパジャマだ。気付かなければいいものの、気付かされた以上このまま真面目な話をしてもそのうちソワソワし始める自分が目に浮かぶ。

「こちらで着物のご用意をさせて頂きましたので、よろしければお使いください。その他足りないものや不便がございましたら都度お申し付けください」
「ありがとうございます」

示されるがままに襖を開ければ、もう一部屋現れた。

「え、ちょっとびっくりしたんですけど」
「こちらは審神者様にお使い頂く離れとなっており、概ねここだけで生活が可能となっております」
「なんでですか?」
「吉野様のように女性の審神者様もいらっしゃいますので」
「なるほど」

潔癖的な問題か道徳的な問題か。いくら元は刀と言えど、男子と同じ屋根の下で生活してうっかり事故が起きないとも言えない。
まぁね、私みたいなのは事故る可能性なんて低いけど、うら若き乙女であればその可能性は上がることだろう。

そう勝手に納得して部屋を見渡せば、どうやら押し入れや階段箪笥なんかがあって、こっちの方がよほど生活感がある。なんで布団をこっちに持ってきたのかよくわかんない。

「こっちとそっちの使い方は?」
「二間続けてお使いになる方もいれば、執務室と客間、もしくは私室としてお使いになる方もおられます。こちらの障子を開きますとそのままお庭へ出ることも可能です。上の階にも二間ございまして、近侍となる刀剣男士様に一間与える方もいらっしゃいます。尚、上の階も障子を開けばお庭の景色をお楽しみいただけるようになっております」
「…なんで執務室に当たるここに私は寝てたんですか?」
「説明の都合です」

なんてことだ。そんなご都合の為に私は執務室だか客間だかに寝てたのか。いや、自室として使う人もいるって言ってたからそんなにおかしくはないか。
と言うか、わざわざ男子と離れるためのここなのに、結局近くに置く人がいるのか?それだといろいろ矛盾してないか?

「あの、家具全部二階に動かせますか?自室が一階にあると言うのはちょっと…」
「もちろんでございます。執務室は如何なさいますか?」
「それはここのままでお願いします。自室のレイアウトは今と同じで構いませんので」
「かしこまりました。お庭がよく見えるよう、私室に当たるお部屋はこのすぐ上になるよう移動させていただきます」

正直庭はどうだっていいけど、やってくれると言うならお願いしよう。だってこの箪笥絶対重いもん。

「折角なので正装が宜しいでしょう」
「正装?」
「審神者様には、役職柄袴を着用して頂いております」

こんのすけに言われるがまま、六段造りの大きな階段箪笥の下段を片方開いたら、緋袴が出てきて一瞬固まった。
神に使えるからかなんかのか。まさかこの歳で緋袴を着ることになろうとは…子どもの時は巫女さんに憧れたりもしましたけどね。

「着付けはご存知でしょうか?」
「はい、祖母から教わっていますので」
「左様でしたか」

着付けの為に襖を一度閉めたその隙に、もう片方を開けたらやっぱり着物が何枚も収まっていた。一つ上の段を開けると、今度は襦袢やらなんやら。箪笥中央に設えられた引き戸の中には篭や巾着がいくつか置いてある。
小さい棚も含めてまだ全部は見てないけど、この階段箪笥、もしかしなくても和服関連の物しか入ってないんじゃなかろうか。

あまり時間がかかりすぎるのもよくないので、とっとと着付けて襖を開けた。馬乗袴は着物と違ってサクサク動けていいな。
ついでに鏡台もあったし何故か私の化粧品もあったので、手早く化粧もさせてもらった。化粧10分でできるタイプでよかったと思いました。まる。

「よくお似合いです」
「ありがとうございます」
「では、これより公務についてご説明させて頂きます」

着替えた私を見え透いた世辞で出迎えると、さにわについての細かい話が始められた。その中には金銭の話も含まれてるんだけど、なんかとんでもない金額が飛び出して飛びかけてた意識が戻ってきた。

「24時間常に業務時間であることに併せ、その他諸々の手当ても含めた額となっております」

時間外勤務手当てとか危険手当てだっけ?それにしてもとんでも金額だよ。

「あの、お休みってあるんですか?」
「基本的に政府からは設けていませんが、運営上必要であればご自身で設定して頂いて構いません」
「その間の仕事は?」
「別日にこなして頂くものとなります」

うーん、なんか大変そう。年休もなにもないとか、とんでもなくブラックだな。

「それと、先程政府より神納木吉野様の審神者名が決まりました」
「偽名ってことですか?」
「はい。公務の際に記名が必要となりますので、万が一真名を記載して刀剣男士に盗み見られないとも限りません。その為、審神者様毎にランダムで名を決めさせて頂いております」
「それは、その名で政府に縛る為?」
「そのような意図は微塵もございません!政府より発行されます審神者名は植物であることが多く吉野様の真名を隠す事の他に、名の元となった植物に肩代わりをさせる目的がございます」
「なにを肩代わりさせるんですか?」
「そうですね…極端に申し上げるなら呪いでしょうか」

名乗らないといけないタイミングはどうしても発生してくるだろう。その時をかわすための仮名。でもその名前を私のものとして名乗るなら、それを使って呪いをかけることもできる。だけど実在する植物にそれを分散させるって感じかな。

政府に縛るのかとは言ったけど、そもそも名前なんて既に知られてるんだから今更どうとも思わない。直接呪われないようにしてくれただけよしとしよう。

「かしこまりました」
「では本日より、菱の名でこの本丸の運営をお願い致します」
「拝命致します」

それにしても菱ねぇ…私の呪いを肩代わりした時、性質的に周りに影響しなければいいんだけど。

「公務についてはこれくらいにして、次は本丸のご案内を致します」
「あ、ちょっと待ってください」
「はい」

いきなり頭に情報詰め込んでるから本気で追い付いてない。

「あの、覚えられる自信がないのでちょっと待ってください」
「かしこまりました。では初期刀を選びに参りましょう。その後に初期刀と共に本丸をご案内致します」

待ってって言ったのにまだなにかあるらしく、当たり前のように別の事を言うとこんのすけは部屋を出ていった。
私覚えられる自信がないって言ったよね?私の言い方が悪かったのかな?自信がないなら気張れってこと?素直に方向音痴でわかんねぇから見取り図寄越せやって言えばよかったのか?

「菱様、いかがなさいましたか」

ついでに起き抜けから情報過多でちょっと疲れたんだよね。でもそんなわがままも言ってられないか。これもお仕事ですからね。

「はぁい、今行きます」

重い腰を上げて歩き始めたこんのすけを追いかけて出ると、階段があった。その向こうには台所らしきものも見えたけど、ひとまずこんのすけを追いかけることが先決と視線をはずしそのまま玄関みたいな所を出る。こんのすけはそれを確認すると、脇目も降らず渡り廊下を進んで行く。繋がってる先は母屋だろう。振り返ると、それなりに広いと思っていた離れはずいぶんこぢんまりとして見える。

「初期刀ってなんですか?」
「文字通り、菱様が一番初めに顕現する刀剣男士です。その初期刀と共に戦って頂きます」
「選ぶってどれくらいの数があるんですか?」
「五口です。簡単ではありますが、ご紹介致します」

たどり着いた部屋の襖を開くと、刀が五本、刀を置くあの台の上に置いて並べてあった。

「まず加州清光。新撰組の沖田総司の刀剣と言えばお分かりいただけますでしょうか」
「はい」
「沖田総司が所有していたとされる刀は三口あると言われています。その中でも最も初期に所有していたとされるのが、この加州清光になります」
「へぇー」

さすがに新撰組の沖田はわかるけど、それは知らなかった。
あんまり見たことないけど赤い鞘なんてあるんだね、かわいい。鞘に巻き付いてる紐に白い飾り紐が結ってあるのもかわいい。

「続いて歌仙兼定。持ち主は細川忠興、三十六歌仙にちなんでその名がつけられたそうです」
「ほぅ」

誰だかわからん。大名かなんかかな?
持ち手が赤っぽくて、鞘が紫っぽくて、あー、語彙力なくて申し訳ないけど川原の石みたいな模様してる気がする。表現はちょっとアレだけど褒めてるからね!

「続いて陸奥守吉行。かつて坂本龍馬が所持していた刀剣で、暗殺された際にもこちらを携えていたそうです」

坂本龍馬もわかるよ。と言うか鞘がよくある黒塗りなのに紐がオレンジだ!持ち手は緑だ!なんかハイカラ!
え、赤いのよりは地味なんだろうけど、何気にめっちゃせめてない?

「続いて山姥切国広。霊刀山姥切の写し刀で、堀川国広の傑作と名高い刀剣です」

なんだろう…鞘が黒じゃなくて紺?で、紐はオレンジって言うか橙色って感じ?特別派手なわけではないけど、なんとなく目を引く雰囲気。

「最後がこちらの蜂須賀虎徹。贋作が多く作られた虎徹の刀剣ですが、こちらは正真正銘真作の刀剣です」

写しだか贋作だかの事もよくわかんないけど、いくらなんでもあんまりにも黄色すぎない?めっちゃ目立つよね?昔の人って意外と派手好きだったの?

「以上となります。簡単な説明で大変申し訳ないのですが、お好きな一口をお選びください」

正直に言おう。どれがどう違うのかなんて全くわからん!

「これ、触っても大丈夫ですか?」
「はい!是非お手にとってご覧下さい」

とりあえず鞘が石みたいな刀を持ってみた。当たり前だけどめちゃくちゃ重い。腕プルプルする。
重さに耐え震えながら鞘から刀身を少し抜き出すと、そこには鈍く光る刃文が見える。
それを見たところで何がどうすごいのかなんてやっぱりよくわからないので、せっかくだから坂本龍馬の刀も見ておこうと思ってふと気が付いた。

「これって本物なんですか?」

坂本龍馬が使ってた刀とか、沖田総司もそうだけど、それって国宝レベルだよね?こんなおいそれと触っていいの?と言うよりも戦場で使っていいの?

「本物であり本物ではないものです。この世にたった一振りの本霊を宿した刀剣を元に、依代となる刀剣を制作。そして制作した刀剣にその分霊を降ろすものになっております」
「よかった」

言ってることが難しくてよくわかんなかったけど、要するにこれらは本物ではなくコピーらしい。

そりゃそうだよね。万が一折れたり欠けたりしたら、死んでも償いきれないレベルの宝を失うことになるからね。むしろコピーだとしても私にはすぎた宝だよ。えーっと、豚に真珠ってやつだ。

「これから長い付き合いとなる刀剣ですので、どうぞごゆっくりとお選びください」

さて、とりあえず一通り見ようとは思うけど…全くの無知な私に決められるのかな。
そんな不安はあるけど、何事もやらねばわからん。きっと初期刀を決めない限り話も仕事も進まないんだろう。それなら、なんとなくでもいいから一振り選んだろうがいいのかな。きっとそうだ。

そう思って私は次の刀に手を伸ばした。


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