(ここが地獄の一丁目)
今日の私は一つ決めていたことがある。
それは鍛刀するってこと。
こんのすけから演練に参加するのはいいが、ゆっくりでいいから日課もこなせとちくちく言われたのもある…んだけど、人手が足りないのも事実。もう少し数がいたら交代でお休みを回すこともできると思ったので、ようやく鍛刀へ踏み出した次第だ。
今日まで頑張って貯めてきた資材は、二振り作る事によって大量消費されるのは予測済み。だから今日は遠征組と出陣組で分けた。遠征はそれほど時間がかからない所をお願いしたから、戻り次第余裕があればもう一回行ってもらう予定。
ひとまず手入れができる程度に資材を残しつつ、投入できるありったけの資材を式神に渡した。
作成予測時間は90分と20分か…差があるけど、長い方に合わせて一緒にお迎えしてあげた方がいいかな。あ、でも挨拶はみんながいる時がいいな。それなら遠征一回にしてもらった方がいいかな。いや、ギリギリ二回試せるはず。でもかなりムリさせるかもしれない…やめよう。その間に今日の晩ご飯を用意しなくちゃ。新しく人が増えるから、まず量が必要だし、いつもよりちょっと豪華にしよう。
そうと決まれば私の行動は早かった。
まずは掃除。
二人増えることは間違いないので、使っていなかった部屋から布団を引っ張り出して干した。それから枕も一緒に干して、シーツも洗濯した。
不思議なことに、どんなに放置している部屋だとしてもひどく埃が積もることがなく、掃き掃除をしてしまえば充分なのはすごく助かった。だからみんな掃除には協力的だったのか。
それから献立。
カボチャとさつま芋と鶏肉を炊いて、メインはどうしようかな。ちょっと考えよう。それから、ご飯は鮭と栗の混ぜご飯が食べたい。食後に果物でも出してみよう。たしか、今なら柿がいい頃だったはず。さつま芋なら畑で採れるから、他は速達注文だ。何故なら、次勝手に出かけたら薬研と前田の兄弟コンビにこっぴどく怒られるからな。
そんなこんなで縁側を陣取って、意気揚々とタブレットを操作してるときだった。
「お久しぶりでございます」
「あれ、会うのは久しぶりだねぇこんのすけ」
「如何お過ごしですか?」
「まだ大変なことはあるけど、なんとか慣れてきたよ」
「それはよかったです。本日は菱様へお話があって参りました」
まさかこんのすけが遊びに来るとは思ってなかったけど、いきなり本題に入らなくてもいいだろうに。もう少し世間話とやらに花を咲かさせてくれよ。
「相変わらず日課があまり進んでいらっしゃらないようですが、なにか問題がございましたか?」
そしてそれを突っ込まれるのもわかってた。
「刀装は作ってるよ」
予測が簡単すぎて、少しの反抗心からタブレットから目をあげない。
私はいろいろと遅すぎる自覚はある。だけど個人のペースがあるじゃない?なんて。新人のうちはいろいろやらなくちゃダメなのもわかってるんだけどね。私としては数を増やすんじゃなくて、個の力をあげたいのよ。
「存じております。しかし日課はそれだけではございません」
「知ってる。鍛刀も今日するから大丈夫だって」
「いえ…その他に、本日まで菱様が一度もなさっていないものがございます」
ぴたりと動きを止めた私を見て、こんのすけは「お心当たりはございますね」と追い討ちをかけてきた。本当にこの狐は抜け目ない、嫌な追い詰め方を心得ているもんだと思う。
「あれだけは絶対にしない」
目を合わせても、感情が全くわからない。それはこんのすけが狐だからなのか、それとも他の理由なのかすらわからない。
「我が儘を仰らないでください。日課の中には資材が報酬のものもございます」
「どんな報酬があろうとも、どんなに金を積まれたとしても絶対にしない」
私が頑なに拒否し続けてるのは、刀解と呼ばれているもの。その呼び方がこの界隈のみで使われてる言葉なのかもわからないけど、要するに作った刀を資材に戻す作業らしい。
私は、その作業が一度もできないでいる。
「吉野様」
不意に呼ばれた名前にまた動きが止まった。
「脅すつもりは微塵もございませんが、刀解も審神者様を守る手段の一つなのです。なので、一度でいいので行って頂けないでしょうか」
ここの誰も知らない私の名前を呼んでおいて、どの口が脅しじゃないなんて言ってるんだか。
「何をどうしたらそれが審神者を守る手段になるの」
「刀解とは、ご存じの通り刀を資材に戻す作業です。その為、万が一刀剣男士が反旗を翻した時に有効な手段となり得ます」
目覚めさせた審神者自身の手で言うことを聞かない武器の尻拭いをさせるなんて、うまくできたシステムだと関心すらする。
「謀反を起こしたものあれば、己が手で粛清しろってことね。そんな状況になったらちんたら刀解なんてしてる暇ないでしょう」
「言霊の力がありますので、ある程度は問題ないと思われます。緊急時は必要手順を省略する事になると思いますが、その際は刀解用の金槌で本体を叩けば強制的に刀解することも可能です」
まだ言霊を使ったことなんてないけど、反旗を翻した相手にいったいどれだけ言霊が通用するか実験してるのかと聞きたい。実験してても私は文句を言うと思うけど。
それと、もしもの時は私の手で彼らを殺せと言ってるんだってことだけはわかった。
「刀剣男士は神の末席だと聞いたけど」
「覚えていらっしゃいましたか」
こっちに来てから調べて初めて知ったんだけど、どうやら付喪神ってやつは妖怪でも神でもあるらしい。巷では神格が高いだか低いだか美醜の差だとか論争が繰り広げられてるみたいだけど、要するに受け取り手の気持ち次第で神様にも妖怪にも成り得るらしい。だって私、八岐大蛇を水神様だと思ってた子どもだからね。神様もケンカするんだねとか思ってたわ。
まぁそんな与太話は置いといて。少なくとも審神者界隈での刀剣男士は、神様として認識されてるってこと。
「神殺しの汚名は背負いたくないかな」
「刀解の手順を踏めば神殺しには当たりません」
「じゃあ緊急時は神殺しとして穢れろってことか?そうでなくても、それは紛うことなく刀を殺す行為だ。私は殺したくない」
「尚戦闘で折れた場合、審神者様への害は全くございませんのでご安心ください」
いったいなんの話をしているのかわからなくなる。
この際私の心配なんてどうだっていい。私が起こした彼らを、私が守れなくて誰が守ると言うのか。それをこんのすけに説いたところで理解は得られないだろう。なにせこんのすけは政府のお狐様だ。彼らを束ねる審神者と感覚が異なっても仕方ない。
「こんのすけ」
「はい」
「私は誰一人折らないし、刀解だって絶対にしない。お上がなんと言おうと私の考えは変わらないし変えるつもりもないよ」
この仕事。首になるかもしれないけど、変えることなんて絶対にしない。
そう思ってたのに、
「大変申し上げにくいのですが、吉野様がご自身を守る術である刀解を一度も行っていただけない場合、この本丸が解体の対象になってしまいます」
「解体って、私は首ってこと?」
「左様でございます」
「ここにいるみんなはどうなるの?」
「ごく稀に例外はございますが、原則全ての刀剣を強制刀解致します」
私が反発しても殺されるなんて言われたら、反発もできなくなる。私のわがままでみんなを殺す事になるなんて、そんなの一番ダメだ。
「例外って、なに…?」
新人でたいして進んでもいない私に、例外が該当してるなんて思わない。それでも例外を聞かずにいられないのは、わずかばかりの望みを捨てきれないから。
「確認されている数が少ない刀剣は、例外として他の本丸へ譲渡される場合が稀にございます。現時点では三日月宗近、江雪左文字、小狐丸、鶴丸国永、一期一振が該当します」
それがどんな刀かわからないけど、やっぱりうちの刀は誰一人該当しない。それは、私がいなくなったらみんなも確実に殺されるってこと。
「…ホント、性格悪い」
「なにか仰いましたか?」
「なんでもない。確認するけど、刀解、一回でもやればいいの?」
「はい。一度でも行って頂ければ構いません」
「すぐは無理だけど、ちゃんとやる」
「かしこまりました。では近々行って頂きますようお願い致します」
そう言うと、用事はすんだとばかりにこんのすけは本丸から消えていった。
必然的に残された私は、ご飯は作らないといけないからタブレットの注文だけは終わらせた。その後はなにもやる気なんて起きなくて、縁側で仰向けに転がった。
なにもしないで全てなくなるなら、一人に犠牲になってもらう他ない。大きな事を成し遂げるために個が犠牲になるなんてすごく嫌なのに、まさか私がその選択をしないといけなくなる日がくるなんて思ってもみなかった。
「ご飯は作らなくちゃ」
どんなに気落ちしてても私が作らないとご飯はない。頑張ってくれてるみんなの為にも、無理矢理体を起こして厨房へ向かう。
ついさっきまで新しい人のお迎えが楽しみだったのに、すっかりそれどころじゃなくなっちゃったよ。
back