(乱藤四郎の場合)


あるじさんは広間に来た薬研と今剣さんと一緒に、食事を運んでくるって言ってどこかに向かって行った。たぶん厨かな。もちろん長谷部さんもそれについて行ったから、ここに残ったのはボクと鳴狐、それからボクより先にこの本丸にいた山姥切さんと小夜くんしかいない。

「ねぇねぇ、あるじさんってどんな人?」

みんな鳴狐みたいに人付き合いが苦手なのか、驚くほど静か。お付きの狐くらいしか話し相手になってくれない。それじゃあダメだ、なにか話題はないかと考えた結果、人間の体を得たばかりのボクにはあるじさんのことしか聞けることがなかった。
でも、これはなかなかいい選択だったみたい。相変わらず静かだけど、なにか考える素振りを見せてから、小夜くんが口を開いた。

「優しい人だよ」

…え。それで終わり?
もっといろいろないの?かわいいとか怖いとか、あと細かい人とかいろいろないの?

「確かに、主殿は優しい雰囲気のお方でしたなぁ」
「怪我をすると、すごく心配してくれるんだ。小さいかすり傷でも、隠すとすごく怒る」

お付きの狐の言葉に、小夜くんの言葉が続いた。流石鳴狐の代わりに人付き合いをしてるだけある。

「あの主殿も怒るんですねぇ」
「ほとんど怒ったり泣いたりしないけど、僕達が怪我をした時は別」

それって心配したから怒るってことだよね。やっぱり優しい人ってことか。

「ご飯も毎回美味しいんだ」
「え、あるじさんが作ってるの?!」
「うん」
「食事の準備もされているのですか!主殿には頭が上がりませんなぁ」

それ、あるじさんじゃなくて奉公人や下女の仕事だよね?なんであるじさんがやってるの?

「山姥切さんも、あるじさんがどんな人か教えてよ」
「あんた、なんでそんなことを聞きたがる」
「だって怖い人だったらどうしようかなーって思うんだもん」

まぁ今聞いた限りだと怖い人ではなさそうだけど。でも、もしかしたら山姥切さんしか知らないこわーいあるじさんがいるかもしれない。

「ねぇ教えてよー」
「わ、わかった、わかったから」

山姥切さんの布を掴んでガクガク揺すり続けたら、ようやく教えてくれる気になったみたい。もっと早くそう言ってくれれば、こんなに疲れなくてすんだのに。

「山姥切さんにとって、あるじさんってどんな人?」
「質問の意図が変わってないか?」
「えー?そんなことないよ」

さっきの小夜くんだって、小夜くんにとって優しい人って事だもんね。

「あいつは、変わったやつだ」
「変わってるの?」
「俺達に対して、人間と同じように接してくる」
「そうなの?」
「だから怪我なんかにうるさいんだ」

そっか。人間はボク達と違って、少しの怪我でも簡単に死んじゃうからあるじさんは心配するんだ。
そりゃあ簡単に壊されたり捨てられたくはないけど、人間ほど脆くない自信はある。まだ人間の体を手に入れたばっかりだから試したことはないけど、人間じゃないボク達が壊れるのはそう簡単じゃないと思うんだよね。

「あと、主はよく迷子になるよ」
「なんと!ご自身の本丸でも迷われるのですか?」

頷いたのは山姥切さんだけじゃなかった。それは、たしかに変わってるかも。

「鳴狐も早く主殿を助けられるようにならないといけませんなぁ」
「うん」

ボクも早くあるじさんを助けられるように強くならなきゃ。

「みなさん!おまたせしました!」

勢いよく襖が開いたそこには、今剣さんが仁王立ちをしてた。手にはおひつと、厚手の布が三枚。
その後ろにはあるじさんと薬研と長谷部さんがお鍋を持って立ってる。

「きょうはおなべですよー」
「鍋?」
「うん。季節的にはちょっと早いかもしれないけど、食べたくなっちゃった」

今剣さんがおひつを置いてから、等間隔に厚手の布を置いていく。更にその上にお鍋が一つずつ置かれる。

「今お箸とか持ってくるから、ちょっと待っててね」

鍋の蓋が開くと、中身はなんだかよくわからないけどとにかくキレイだった。

「俺が持ってきますので、主は座ってお待ち下さい」
「長谷部お箸とかの場所わかんないでしょ。いいから座ってなさいな」
「いえ!そのようなことは…主!」

落ち着くことなくまたどこかに行ったあるじさんに続いて、長谷部さんと今剣さんもどこかに行ったけど、薬研はここに残って定位置らしい場所に座ってた。
人手が足りてると思ったのかな。まぁいいや。

「ね、薬研にとってあるじさんってどんな人?」
「はぁ?なんだそりゃ」
「いいから教えてよ」
「そうだな…守んなきゃならないお人だな」
「そんなの当たり前じゃん。なに言ってるの?」
「お前にもそのうちわかるさ」

そのうちってなに?そう思ったけど、お付きの狐が鍋の中身を聞き始めたからこれ以上聞けそうになかった。

ボク達はあるじさんを守って当たり前なんだよ?それなのに守らなきゃならないなんて、今更言われなくてもわかってるよ。…わかってるけど、薬研がそんな当たり前の事を言うと思わない。まだ口を利いて数刻しか経ってないけど、それくらいボクにだってわかる。
じゃあどうしてそんな事を言ったのって思ったけど、それこそ「そのうちわかる」事なんだろうと気付いて、ボクは考えるのをやめた。

「お待たせー」
「主殿!揚げが入っていないとはこの鳴狐、悲しみにくれてしまいますぞ!」
「ああ、ごめん。まさか狐関係の子が来ると思ってなかったから入れなかったんだよ」
「わたくしめも悲しみに身をやつしております」
「明日はちゃんと用意するから」
「誠でございますか!」
「誠ですよ」
「聞きましたか鳴狐!主殿のお言葉、この鳴狐と共にしかと聞きましたぞ!」
「忘れませんよ。ほら、冷めちゃうから食べよう」

それぞれがご飯やお皿を手にしたところを確認して、あるじさんが食べるときの挨拶をした。見よう見まねでやってみたけど、これ、どんな意味があるんだろう?

「熱いからやけどしないでね」

そう言われて気を付けて食べてたけど、食べ終わった頃に火傷をしていたのはあるじさんだけだった。
おっちょこちょいなのかな?あるじさんかわいい。

「みんな足りた?」
「うん!すっごくおいしかった!」
「ありがとらんちゃん。じゃあこれ下げてきちゃうね」

それを聞いた長谷部さんが、当然のようにあるじさんよりも早く動いてあるじさんを立たせなかった。

「俺が下げますので、主は食休みをしててください」
「え、でも」
「片付ける場所も覚えてますのでご安心を」

あるじさんが気にしてるのはそこじゃないと思う。だけど長谷部さんが気付くはずもない。

「いや!話があるので置いてくるだけでいいです!」
「そうですか?」
「はい。だから早く戻ってきてください」

あーあ。あるじさん、そんな言い方したら…

「主命とあればこの長谷部、早急に戻って参ります!」

長谷部さん、すっかりやる気になっちゃったよ。置いてくるだけだから何をするでもないんだけどね。

「じゃあ俺っちもこれ下げてくるかな」
「いいよ、私が行くよ!」
「大将が行ったら長谷部の旦那が黙ってないぜ?」
「うっ…」
「小夜、手伝ってくれるか?」
「わかった」
「うううごめんねぇ」
「大丈夫」
「大将はゆっくりしててくれな」

長谷部さんのはちょっと行き過ぎてて怖いけど、薬研は自然にやってる感じだよね。だからこそあるじさんは気付いてないんだろうけど、こうして見てると薬研もなかなかに過保護だと思う。

下げ物が終わって、またみんなで集まった頃、あるじさんが笑顔で頷いてた。

「らんちゃんと鳴狐と長谷部さんは初めまして。他のみんなは改めましてだね」

なんだ、挨拶がしたかったのか。そう言えばボクのことは少し話したけど、まだあるじさんのことは全然知らないや。

「当本丸、菱の本丸を治めております審神者、神納木吉野と申します」

そうあるじさんが言い切るが早いか、山姥切さんが勢いよくあるじさんの肩を掴んだ。

「あんた、今自分が何を言ったかわかってるのか…?」
「わかってるよ」

動けたのは山姥切さんだけで、薬研をはじめとしたみんなは驚いたまま動けなかった。

「なにしてんだよ、あの人は」
「それは禁止されていただろう」
「ばんばちゃん落ち着いてよ」
「どうして落ち着いていられるか!」
「あーもー、ごめんねみんな」

山姥切さんが怒るのも当然だよ。

「大将、なんで真名を口にした」

だって、それは本来ボク達が聞いたらいけないはずのもの。なんでかわかんないけど、それは聞いたらいけなくて、更には知らない方がいいものだって事はわかる。

「みんなが命を懸けてるのに、私だけ命を懸けないなんてアンフェアじゃない」
「俺達は道具であんたは人間だ。替わりのきく俺達とあんたじゃ、懸ける命の大きさが違う」
「一緒だよ」
「違う!」

人間のあるじさんがそれを知らないわけがない。だからこそ山姥切さんがあんなに怒ってるんだろうし、逆にあるじさんは冷静なんだろう。
山姥切さんの言った通りだね。人間のあるじさんが刀であるボク達と同じところに立とうとするなんて、変わってるよ。


back