(禁を破る)
不思議なことに、それが私の本当の名前だと申告しなくても、みんなはすぐわかったらしい。
突然私の名前を知ったみんなはそれぞれ思うところがあるみたいだけど、なかでもばんばが烈火の如く怒ってる。
「あんたは政府からその危険性について言われてるんだろう?」
「言われてるよ。下手したら殺されちゃう可能性もあるんだってね」
「ならどうして!」
「私はみんなに殺されるつもりなんてないし、もしもみんなに殺されたなら、それは私が主としての器を失った時だと思う」
と言うか、それってもう人として終わった瞬間だよね。私を主だと認めてくれてるなら、きっと私を殺そうなんて思わない…はず。
「私は分霊とは言え、付喪神であるみんなの真名を知ってみんなを使役してる。それなのにみんなは私を呼べない。そんなの寂しいじゃない」
「一時の感情なんかで禁を犯すな」
「なんかじゃない。これは持論だから他の人は知らないけど、私は私の感情を信じてる。人は感情ありきの生き物なんだよ。だから私がみんなに知ってもらいたいと思ったこの気持ちに従っただけ」
「そんな危険な生き方、今すぐやめてくれ…っ」
いくらなんでもそんなすぐ殺されることはないだろうと思ってたけど、まさかこんな泣きそうになるほど心配されるとは思わなかったな。ばんばちゃん美人さんだから、私が罪悪感に押し潰されそう。
「ばんばはなんでそう思うの?」
「そんなの、あんたに死んでほしくないからだ」
「どうして?」
「どうしてって…」
まだ少し難しいかな。人として生まれてから一月くらいだから仕方ないか。
こらそこ、進みが遅いとか言わない。
「小夜と薬研は?」
「山姥切の旦那と同じだな」
「あなたは僕達の主で、例え僕が折れたとしても守りたいと思う人だから」
「うん。じゃあ、私がこれで死のうとしたら?」
これとは、食事中も側に置いていた長小箱。今日は台所にも連れ立ったし、本当に久しぶりにずっと一緒にいたな。
「大将…滅多なことは言うもんじゃないぜ」
この中身は、今のところ薬研しか知らない。だから薬研がとんでもなく恐い顔をして忠告してきた。わからない面子は首を傾げるか、何事かと薬研を伺ってる。
後でばんばと小夜、それからいまつるさんには教えなくちゃね。
「もし本気だと言ったら?」
「…俺がさせると思うのか?大将」
やっぱり薬研が本気で怒ると恐いな。みんなに殺されるときはこんな感じなんだろうか。
なんてのんきに考えてる場合じゃない。これの中身がなんなのかわからなくても、私が自殺するのを許さない勢が怖い。
ねぇ、これ間違えてみんなに殺されたりしないよね?
「あいにくそんな簡単に死んでやるつもりはないけど、今のでわかったかな?」
「失礼ですが主、俺には主がなんのことを仰っているのか…」
「死にたいと言った私に死んでほしくないから止める。みんなのそれは間違いなく感情だよ」
みんなわかってくれるかな。薬研と小夜は早そう。ばんばも、今は難しくてもちゃんとわかってくれるはず。
「あの、あるじさま」
「なぁに?」
「ぼくたちは、なんなんですか?」
なんか困った顔してるなぁと思ったら、いまつるさんはずっとそこが気になってたんだ。
そうだよね。ずっと感情も心もない刀だったのに、いきなりそんなもん与えられてもびっくりするだけだよね。もしかしたら付喪神と成った時点で感情はあったのかもしれないけど、それがなにかなんてわからなかっただろうし、分かったところでどうにかできたものでもなかっただろう。
「元々は刀で道具だったかもしれないけど、今は人間だよ」
いや、それだとちょっと違うか。なにせ彼らの本質は【刀剣】であり【人間】ではない。
「ちょっと訂正。人間とはちょっと違うけど、考えて悩んで私に死んでほしくないと思ってくれてるんだから、それはもう人間と変わらないよ」
うん。これがいいな。
動物は生存本能があるから、感情なんてものはあまり多くないらしい。生殖に関してはそれなりに好みがあるんだろうけど、人間みたいにあーだこーだ考えるんじゃなくて「こいつとなら強い子孫を残せる」程度のものと聞く。
「せっかく自ら考えたり感じたり、その結果を行動で示すことができるようになったんだから、みんながやりたいようにやってほしい」
そんな動物と違って、自ら動くことができる事に併せ、感情を持って考えることができる。それなのに思考も感情も全部押し殺してたら、それこそ死んでしまう。そんなのはもったいないと思うから、人間として生きる楽しさとか苦しさを知って欲しい。
それも私のエゴでしかないんだけど。
「すみません、こんな人間のくだらない争いに巻き込んでしまって」
せめて心なんてない虫や動物だったら、彼らは苦しまなかったんだろうか。私なんかのために悩ませなくてもすんだんだろうか。
「うっかり脱線しちゃったけど、私はみんなに名前を知って欲しいと思ったから言いました。そしてみんなは聞いちゃったので、今更後戻りなんてできません」
それに、これから来る子達にも名前を教える。
あ、そうだ。新撰組の局中法度みたいなやつ作ろう。そうしよう。
「だからこれからはお気軽に吉野って呼んでよ。あ!当たり前だけど、こんのすけや政府の人がいないところでね!」
政府にバレたらどうなるかわかったもんじゃない。あいつら結構簡単に殺そうとしてくるからな、下手したらみんなと一緒に私も処分かな。
そんなことを考えながらへらりと笑えば、ようやく薬研は諦めたらしい。今回に関して私が全面的に悪いのはわかってるんだけど、その「どうしようもねぇなこいつ」と言わんばかりの顔はどうなんだい?私一応君の主なんだけど、そこんところちゃんとわかってる?
「もちろん、ばんばちゃんもだからね」
そう言って少し上にあるばんばのお綺麗な顔を見上げると、全然納得なんてしてないって顔がある。
「これからここに来る奴が、あんたの刀になる保証はどこにもない。そうなった時、あんたの名前を知ったそいつはなんの制約もなくあんたを殺すことができる」
「その時はばんばが守ってよ」
なんて、なにも考えずに言って即後悔した。
うをー、どこの少女漫画のヒロイン気取りだよ。自意識過剰か。痛いよー!こいつ痛すぎるよー!誰か早急にバンソーコー持ってきてー!できたら人一人包み込めるくらいのデッカイやつー!
脳内はとんでもないパニックだけど、しかしそれを表に出すことはできない。だって私は主だ。自分の発言にダメージ食らってるなんて情けないところ見せられるか!せめて部屋まで我慢するんだ!
「あなたは、復讐したい相手はいないと言った」
「うん」
のたうち回る脳内の私を一旦おとなしくさせて、小夜の言葉に全神経を集中させた。
「力を貸して欲しいと言った」
「うん」
「でも、僕があなたに仇なす敵を切ると決めたら、それはいいの?」
思えば、小夜は初めて会ったときから他の子達とは違って、ちょっと殺伐としてた。それは今も変わらない。今までの生き方や過去を否定する訳にいかないけど、これからはもっと楽しいこともあるって教えていきたい。
「それは、ただ敵を切りたいから?」
「違う。あなたを守りたいから」
「それなら止められないなぁ」
「どうして?」
「だって、生きてる私を守る為に戦ってくれるんだよね。死んだ私の為じゃなくて、生きた私の為を思って判断してくれるのは、やっぱり嬉しいから」
あれ?これもなんだかヒロイン発言じゃないか?今度は少年漫画か?そろそろ恥ずかしさで死にそう。
「でもあんたは、人が死ぬところを見たくないだろ」
「そりゃあね。でも今は戦争中だから、やむを得ない事もあるでしょう」
もちろん誰も殺さないに越したことないけど、そう言ってられない時がいつかくるかもしれない。そうなったら仕方ない、腹を括りましょう。
こんなの、割り切らないとやってられない。
「…あんたがそう言うなら従う」
どこか納得できてないままそう言ったばんばの言葉が、私には少し引っ掛かった。
「山姥切国広、これは従う事とは違う。私はあなたが判断したことなら否定しない。それによって途中で捨てたり、見限ったりもしない。だからね、ばんばがやりたいようにやっていいんだよ」
「…わかった」
本当にわかってくれたんだろうか。あいにく子育て経験がないからわかんないよ。
「もちろん今日きた三人も他のみんなも同じだからね!倫理に反してない限りで自由に、人間としての楽しみを見つけてください!」
そう言って見回すと、やっぱりよくわからないのか腑に落ちないのか。微妙な顔をしてる人が多いけど、そのうちわかるでしょう。
わかんないことがあれば聞きに来てくれる子達だと信じてる!
「あの、じゃあボクも吉野さんって呼んでいいの?」
「いいに決まってるじゃない。らんちゃんはもううちの子なんだから!」
「吉野さぁーん!」
飛び付いてきたらんちゃんを受け止めて大型犬のように撫で回す。それが嬉しいのかなんなのか、もっともっととくっついてくるからそのかわいさはうなぎ登りである。
さて、私はなにがあってもここのみんなを守りきらないといけない。その為にできることならなんだってやる。そうしないと守れるものも守れないまま、全部こぼれ落ちてなくすことになるんだから。
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