(お稽古しませう)
部隊は最大六人編成。もちろん最大人数配備しなくても出陣はできるし、二組に分けて片方には遠征に行ってもらったこともある。それなのにわざわざ最大人数で出陣してもらっているのには訳がある。
「吉野殿、本当になさるのですか?」
「なさるのです」
普段空いた時間にみんなが稽古をしている道場に、私と鳴狐はいた。あ、それとお供のともちゃんも。
「もしも怪我をされたら如何なさるおつもりですか!」
私が戦線に立つ機会があるとは思いたくないし、そんな日は未来永劫来なくていいと結構真面目に思ってるけど、事が起きる可能性はゼロじゃない。なぜなら今は戦争中で、私はみんなを率いる主だから。彼らの頭を張ってて狙われないはずがない。
私だって集団の敵を相手にするなら、その頭を一番に叩くよ。
「みんなもケガくらいするでしょ?」
「しかし吉野殿は鳴狐達のように直すことができないのですぞ!」
「あっはは!そんな簡単に死ぬほど柔じゃないから大丈夫だよ!」
でも、戦場になれば私はそれこそ簡単に死ぬだろう。これから仲間になる人達の中に、弱い主を認めない人がいないとも限らない。彼らは戦乱の時代を生き延びた刀なんだから、強い人が好きかもしれない。
そう。これは私がいろんな意味で生きるために必要な稽古だ。
「しかし…」
やたら心配してくれるともちゃんは、さっきからなんとかして私を止めようとしている。黙ってこっちを見てる鳴狐はわからないけど、ともちゃんと同じ気持ちなのかな。
まぁ何を言われても私の意思は変わりませんけど。なにせ生きるためですから。
「でも手加減はしてほしいかな?さすがに体力落ちてるから」
「吉野殿がそう仰るのならば致し方ありません。鳴狐、吉野殿に怪我をさせてはなりませぬぞ」
「…わかってる」
私が握っているのは、脇差しを模した木刀。もちろん鳴狐も同じく木刀を持ってる。
「では、始め!」
ともちゃんの掛け声がかかるが、私も鳴狐も動かない。たぶん鳴狐は様子見。ともちゃんにも言われたから、下手に打ち込んでケガをさせないように、とでも思ってるんだろう。そんなに気にしなくていいんだけどね。そう言う私は、動き方もなにもわからないから取り敢えず木刀片手に突っ立ってる状態。
そう、文字通りなにもわからない。
「あのさ、お願いしておいて非常に申し訳ないんだけど、私これの持ち方もよくわかってないんだけどこれで大丈夫?」
「…え?」
「おや、吉野殿は刀に全く触れたことがないのですか?」
「うん。打刀なら…たぶん剣道やってた人ならなんとかなるんだろうけど、私あんな重いの振り回せない」
「剣道…?」
鳴狐とともちゃんは同時に首をかしげた。
そりゃそうだ。武器である刀が、武道である剣道なんて知らなくても当たり前だ。と言うか、みんなの時代に剣道があったのかも微妙だ。
「吉野殿は元々どのような環境で生活しておられたのですか?」
「へ?」
「このまま無闇に打ち合いをしても吉野殿が怪我をするだけになりかねませんので、まずは吉野殿の事をお伺いしたいしとう存じます」
ともちゃんの言うことも一理ある。審神者業を始めてから家事を含め色々やってるから、多少筋肉がついたと言っても多少レベル。それなら何からすればいいのか整理した方が合理的か…
「うん、じゃあまずはちょっと話そうか」
離れたところにいたともちゃんも呼んで、道場で三人座り込む。
「えーっと、鳴狐は鎌倉時代の刀だっけ?」
「はい!左兵衛尉藤原国吉の打ちたる打刀にございます」
「私はそれからずっと先、だいたい八百年くらい先の未来にいたから、日本では戦とかなかったんだよね」
「なんと!それでは刀に触れるのも初めての事になりますか?」
「うん。たぶん見たのも初めてかな」
とととっと近寄ってきたともちゃんを膝にのせると、動物特有の高い体温に安心する。
「この間吉野殿が畑仕事をしているところをお見かけしましたが、幾分か慣れておられましたな」
「農業は高校、えーっと、寺子屋?時代にやってたんだよね」
「平和になっても畑仕事は変わらないのですねぇ」
「うーん、本来なら専門の人がやってるんだけど、私の学校はどれだけ作ることが大変かってことを教える方針だったから」
「それは良いことでございます」
おかげでここの畑もなんとか使える状態に持ってこれたんだけど。もうちょっとしっかり手がかけられるようになったら葉物野菜と、あと虫除けのハーブも育てたいと思ってるんだよね。
「ともちゃんと鳴狐は、好きな食べ物とかある?油揚げ以外で」
「それは難しい質問でございますな」
狐にとってかなり難しい質問をしてしまったらしい。鳴狐も食べると言う行為自体まだ慣れてないかもしれないのに、この質問はちょっと軽率だったかな。
「私は梨が好きかな」
「おお!それは涼しげで良いですなぁ!」
「さすがにここで育てるのは無理だろうから、育てるなら木じゃない果物かなぁ」
「木にならない果物ですか?」
「うん、スイカとか?」
「西瓜は瓜なので、果物ではありませんぞ?」
「え?ああ!そっか!」
そう言えば私が思ってるイチゴとメロンも野菜だった気がする。
困った。そうなると果物を育てるのは難しそうだ。だって実をつけるほどの木になるまでに時間がかかりすぎる。庭の桜の木って、食べられるさくらんぼできないかな…ムリか。
「吉野殿は、動物を撫でることにも随分慣れていらっしゃるようですなぁ」
「そう?」
果物について考えてたら無意識にともちゃんを撫でていたらしい。どこかふやふやとした物言いに、不愉快だと言うニュアンスがないのは救いだった。高校の時学校に住み着いてた猫とずっと遊んでたからかな。そんな事を考えながらともちゃんを撫でていたら、鳴狐が音もなく近付いてきた。
「どうしたの?」
私がそう聞いても鳴狐はなにも言わない。黄色い目だけがまっすぐ私を射抜く。
えー…さすがにエスパーじゃないから、言ってもらわないとなに考えてるのかわかんないかな。
「吉野殿、鳴狐も撫でて欲しいのです」
「へ?」
助太刀に入ったともちゃんの言葉が意外で、間抜けな声が出た自覚はある。だって、撫でてほしいって、そんなかわいい…いや、身長こそ私より高いけどかわいらしい顔立ちな気がするし(下半分はお面みたいなやつで見えない)人間始めてまだ幾日かってところ。撫でられるって感覚に興味があるんだろう。
そう思ってそろりと鳴狐に手を伸ばした。
噛みつかれる、とまでは思ってないけど、それでも恐る恐るその白く輝く髪を撫で付けた。そうすれば目を閉じて受け入れてくれるんだから、どうやらともちゃんが言ったように本当に撫でてほしかったらしい。
まさか私より10cmくらいおっきい子がそんなこと言ってくるなんて思わなかった。ましてや男の子ってそう言うの嫌がるとばかり思ってたから。…いや、言ったのはともちゃんだったな。
「どうです鳴狐、吉野殿に撫でられるのは」
なぜともちゃんが得意気なのかわからないけど、ともちゃんはいつでも得意気だ。鳴狐のことに関してもその他のことに関しても。
それに、私が撫でたところでなにが面白いのかと言うところも気になる。
「…うん」
我が本丸の寡黙代表入り確実な鳴狐からは、ごく短い返事のみが返された。これに対して、しっかり感想を返されたところで戸惑うからいいんだけど。
「なんか猫…いや、狐みたいだね」
「鳴狐は狐の名を冠しておりますので当然でございます」
「それもそうか」
ふやりふやりと撫でていると、不思議と動物を撫でてる感覚になる。目の前にいるのは間違いなく男の子なのに。
「ふふ、なっきーかわいい」
「おや、吉野殿に名を与えられましたな」
「いや、そんな大層なものじゃないよ」
「吉野殿だけが呼ぶ鳴狐の名であることに変わりはありません。よかったですなぁ」
それだとともちゃんもだと思うけど…なんか楽しそうにしてるからいいか。
「吉野」
「うん?」
…いや「うん?」じゃない。ちょっと待て。私今鳴狐に呼ばれたのか?ともちゃんじゃなくて?嘘だろ?
そう思ったところで幻聴でもなく呼ばれた私は鳴狐とばっちり目が合う。
「また、撫でて」
しばらく沈黙が続くのかと思いきや、今度はすんなり話しかけてくれた。
「いいよ」
しかもそれがとんでもなくかわいらしいお願いだったんだから、つい顔が緩んだのは許していただきたい。
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