(だるまさんが転んだ)


「お目覚めですか」

目が覚めたら、目の前には黄色い生き物がいた。

「お初にお目にかかります、わたくしは【こんのすけ】と申します。僭越ながら当本丸運営補助兼案内人を今後務めさせて頂きますので、以後お見知り置きを」

猫だか犬だか狐だかよくわからないけど、鳴かずに人の言葉を話すくらいなんだから、少なくとも動物ではないだろう。
喋る動物なんて人面犬以外で初めて見たよ。いや、人面犬と話したこともないけど。

「如何なさいましたか?」

見知らぬ場所に謎の生き物。私はいつの間に誘拐拉致監禁されてしまったのか。そのわりに監禁されている雰囲気でもない。起こっている事態はいまいちよくわからないけれど、奇妙極まりない状況に置かれている事だけはわかった。

「現状についていけてないだけなので、気にしないでください」
「左様でございますか」

雰囲気的にいきなり死亡エンドはなさそうだし、なんでもいいか。

面積とかそういうのを見て推測できるタイプではないからよくわからないけど、少なくとも私の部屋よりはずっと広い和室。うちは一般的な一軒家だったから、こんなに広い部屋はない。尚且つ、既に実家を出て一人で暮らしている私の小さな城に、こんな広い部屋はやはりない。

「混乱されるのも仕方のないことでございます」

ここには文机やアンティーク調のランプの他、床の間や床脇の違い棚や袋棚にはなにもなく、少し寂しさを感じる。そして何よりも目を引くのが、文机に置かれたモニターとキーボード。
あまりに不似合いすぎて語彙力が死ぬ。

「お目覚めになられたばかりのところ大変恐縮ではございますが、現在の状況をご説明させて頂いてもよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」

先程こんのすけと名乗った謎の生き物の申し出は、状況が全く理解できていない今の私にとって願ったり叶ったりだ。

「西暦2205年、歴史改変を目論む【歴史修正主義者】によって過去への攻撃が始まりました」

そう思ったのに、困ったな。まさか脈絡もなく歴史の授業から始まるとは思わなかった。私歴史苦手なんだけどなぁ…
あれ?ちょっと待って、西暦おかしくない?

「我々時の政府はそれを阻止する為【審神者】と呼ばれる方を各時代に送り出しております」
「はい」

このまま話されても到底理解できないうちに話が終わりかねない。そう思った私は、不明点が出たと同時に挙手することにした。

わかります?ここまでの説明の中で、既に疑問点が三つもありますからね。

「如何なさいましたか?」
「まず西暦がおかしいんですけど…」
「我々は様々な時代から審神者と成りえる方々を集めております。その為遥か未来からいらっしゃる方や、逆に遠い過去からいらっしゃる方もおります」

なるほど。こんのすけを始めとする時の政府とやらから見たら、私は過去から来た人間ってことになるのか。そもそも攻撃が始まったと言う説明から推測するに、こんのすけ達は今聞いた時代よりも更に未来の役人の可能性があるな。

「時の政府とは?」
「そうですね…審神者様の時代に合わせて言うなら【歴史や時空間の犯罪に特化した警察】を想像して頂きますと、比較的近いと思われます」

そんな仰々しい名前を付けてるくらいだ。きっと過去と未来を守るために、それはそれは素晴らしい政を行っているんだろう。
しかし、目の前の犯罪以外にも目を光らせないといけないとか、未来の警察の仕事環境が心配である。

「もう一つ、そのはにわってなんですか?」
「埴輪ではなく審神者です」
「すみません」
「審神者とは眠っている物の想いや心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、力を振るわせる技を持つ方々の総称でございます」

間違いをちょっときつめに訂正された。しかし訂正は感謝だ。直されなれけば私は間違って覚える自信がある。
しかし…どういうこと?よくわかんないけど、巫女さんとか魔法少女やれってこと?
巫女さんはともかく、魔法少女はちょっと年齢的にキツいかな…もう少女なんて年齢ではない。

「あと、そのさにわを各時代に送るって言うのは?」
「そのままの意味にございます」

既に三個の質問を超えてるけど、こんのすけは律儀に答えてくれてる。このまま話を聞いててもまだわかんないことありそうだし、このまま口を挟ませてもらおう。

「歴史修正主義者は一つの時代に現れるものではございません。その為、審神者様は歴史修正主義者の出現する時代に【刀剣男士】を送り出し、彼らと共に歴史を守って頂きたいのです」
「とうけんだんしってなんですか」

【だんし】ってたぶんこの【男子】だよね。それはまぁ戦闘要員らしいからいいとして、まさか犬じゃないよね?わんこ系男子はいいけど、ガチ犬男子はちょっと勘弁願いたい。
だって【とうけん】が【闘犬】だったらめっちゃ怖くない?戦闘力申し分なさそうだけど、物理的に喰われそう。

「審神者様の持つ技により刀剣、刀より生み出される付喪神の総称を【刀剣男士】としております」

どうやら犬ではなさそうで一安心。
それにしても戦闘要員が刀の九十九神って強そう…そうか、シャーマンだ。現在もそうなのかわからないけれど、神や聖霊の声を人間に届けると言うシャーマンが近そう。
しかしわからないから説明を求めたのに、余計混乱する説明をしてくるんだから困る。いつの時代も政府と言うのは、小難しい説明をしたがるんだな。

「あの、今まで幽霊見たり写真に写ったりといった心霊体験は生まれてこのかた一度もしたことがないんですけど」
「そういったものとはまた異なりますのでご安心ください」

いったいどこが安心できる要素だったのか微塵もわからない。そういう霊媒的なものって霊力とか霊圧とか、そんなの必要なんじゃないの?漫画でど定番じゃん。

「それに複数形だったけど、他にもそのさにわになる人はいるんですか?」
「はい。各國に複数おられます」

世界規模か。なんかすごいことになってきた。

「じゃあここはどこに当たりますか?」
「國ですか?肥後の國にございます。尚、この本丸は時の政府が用意した時の狭間にございます」

世界じゃなくて国内規模だったけど、ひごとはどこだ。しかもサラッと言われたここの立地が訳ワカメ状態と来た。
時の狭間ってなんなの?脱走予防なの?脱走したくなるようなブラックまっしぐらな労働環境なの?せめてその國にあるとよかったと思うんですけど、買い物とかできるんだよね?まさか死ぬまでここに缶詰めじゃないよね?

…なんか、聞いても聞いてもいろいろわかんないことだらけだぞ。

「ここまで聞いておいて申し訳ないのですが、後で書面でもらえたりしますか?」
「勿論です!後程お持ち致しますのでお待ち下さいませ」

よかった。聞いても読んでもわかんないことは後で調べよう。なんといっても、ここには不似合いすぎるPCがあるんから。

「今後の給金等についてはまた後程お話するとして、本丸で生活して頂くにおいて幾つか日課と決まり事がございます」
「はい」

仕事にルールは付き物だ。それは頑張るとしましょう。
それにしても給金って…金銭の話が出てくると、中途半端な現実味が出るのはなんでかなぁ。

「中でも必ずお守り頂きたいお話が一つございます」
「なんでしょう」

先程までとうって代わり、空気が僅かに張り詰めた。
それだけで、これから言われる事が、今までの説明と全く異なる物だろうと容易にわかった。

「この本丸では、けしてご自身の名を名乗られませんよう、お願い申し上げます」

確かに今までと異なる物ではあったけど…名前?

「それは、これから会う刀達に私の名前を言うな、ということで間違いないですか?」
「左様でございます。一重に付喪神と申しましても、彼らは審神者様が想像されている妖者より、神に近しい存在となります」

それを聞いて合点がいった。
九十九神は、本来長い年月をかけて扱われてきた道具に魂や精霊が宿った妖物であると言うのは広く知られているけど、その意味を正しく理解していない者も多いだろう。しかも今回の刀達はちょっとした妖怪や精霊の類いではなく、神に等しい九十九神らしい。

「名は命と同義でございます。故に、相手にその名を知られると言うことは命を握られるも同然」

たかが人間に名前を知られることと、神に名前を知られることは全く意味合いが異なってくる。
このご時世ではただの人間に名前を知られることも危なくなってきているけれど、それは今回の件とは別の話だ。

「限度はあれど、それこそ名前一つ知られてしまえば審神者様の命も運命も、彼らの好きに変えられてしまう可能性がございます」

占いなんかで本名を書くのは、そういうことだ。名前一つで相手の人生を見通すことも狂わせることも容易いことから、その界隈の人達は名前、特に真名と呼ばれるものを容易く他人に教えたりしないらしい。
それほど、名前と言うものはその物の本質を捕らえると言うこと。

「故に、審神者様御自身を守る為にも、どうぞお忘れにならないよう重ねてお願い申し上げます」

私は調べたりなんだと刀達の事を知る事ができるのに、私の情報はただの一つも与えないなんて、なんてアンフェアなのか。しかし、そもそも神様と人間なんだからなにを持ってしてフェアと言うのかって話になるか。

「なんとなくわかりました」
「ご不明点がございましたら遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます」
「続きまして業務についての説明となりますが、一度お召し替えをされますか?吉野様」

当たり前のように私の名前を呼ばれて、背筋に冷たいものが伝った。

今の今まで名前を呼ばれなかったから、きっと知らないんだろうと勝手な事を思っていた。しかしどうやら、それは私の勝手すぎる思い込みだったらしい。
少し考えればわかったはずだ。手段なんて皆目検討もつかないけれど、私をここに運び閉じ込めるのは、住んでいる場所、生活環境を始めとした様々な事を調べてからになる。その中に名前がない方がおかしい。こんのすけは、名前一つ判れば命を握られるも同然と言った。それは「逆らったらお前を如何様にすることもできる」と言う、政府からのあからさまな警告でもあるんだろう。

「如何なさいましたか?神納木吉野様」

純粋極まりない、己は無垢だと主張せんばかりの形を取るこの生き物は、全く恐ろしいタイミングで釘を指してくる。

「いえ、お気になさらず」
「かしこまりました」

どうやら、思ったよりも私の状況はよろしくなさそうだ。


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