(長谷部の場合)


主の朝は早い。
今の季節的な問題もあるが、主は陽が昇るよりも早く起きて炊事を始めている事がほとんどだ。主にその様な事をさせるわけにいくまいと、是非俺にお任せいただくようお伝えしたところ「じゃあ洗濯とお布団干して」と別の仕事を任されてしまった。洗濯はともかく、布団は他の者が起きないと干すことができない。陽が昇る頃には全員起床するので、それまで掃除をして時間を有効活用している。
これも主のお手を煩わせている一部と思えばなんの苦にもならないが、問題はそこじゃない。主が日々水仕事をしていることが問題なのだ。

「主!何故俺に手伝わせてくださらないのですか!」

出陣から外れていた今日。朝から洗濯や掃除と言った諸々の雑事を終わらせて厨へ赴けば、やはりいつもと同じように断られた。

「ええ、そんなこと言われても…」

主の為になるのであればこの長谷部、炊事も厭わぬ覚悟だと言うのに主は一向に任せてくれない。

「だって、長谷部達は外で命かけて戦ってるのに、更にこんな雑用なんてお願いできないよ」

そう主は言うが、俺よりも早く顕現していた奴が主の隣に立って共に炊事をしているのを見たことがある。一番最近では乱藤四郎が手伝っていた。あれは俺と同時に顕現されたはずだ。何故俺には手伝わせてくれないのか。

「雑務であると言うなら、それこそ俺にお任せください」
「でも疲れてるだろうから、ゆっくり休んでほしいんだよね」
「それは主も同じです」
「いや、私なんて引きこもって書類作成してるだけだし」
「それが主のお勤めです。俺の勤めが戦であるように、主も日々お勤めをこなしておられるのですから、雑務ならば俺にも手伝わせてください」

俺以外の奴らでも知っていることだ。主は日々の戦歴やらを政府に報告する義務がある。日夜それらを纏める傍ら、このような雑務までこなしていたら今後主の負担ばかりが増えていく。

「だけど」
「主、これから更に刀剣は増えるんですよね」
「うん、そう…だと思う」

そうこうしている間にも、主の手は炊事をやめない。冷えきった水に晒される主の手は、刻一刻と痛んでいくだろう。

「今の数ならなんとかなっているかも知れませんが、今後数が増えても同じように続けられると思っていますか?」

そんなこと、とても許せるものではない。

「もしも主が体を壊してしまったら、誰が食事の用意をするんです。万が一はないに越したことありませんが、もしもの時の為、俺に手伝わせてください」

なにより、主が傷付くとわかっていてみすみす見逃せようはずがない。

「えっと…」
「なにをやってるんだ?」

少し踏み込みすぎたのか、主が言葉を詰まらせたタイミングを見計らったように山姥切が顔を出した。

「主の負担を減らすために、俺にも手伝わせてもらえるよう話していたのだ」
「なるほどな」

どうやら山姥切の登場は主にとってあまりよくないものだったらしい。先程よりもあからさまに困った様子だ。

「長谷部の言うことはもっともだ」
「…その節はご迷惑をおかけしました」
「俺達が手伝っていれば、また同じようなことになったとき、あんたにちゃんとしたものを用意してやれるだろう」

少し考えてから口を開いた山姥切の言っていることは詳しくわからないが、既に主が厨に立てなくなったことがあったらしい。
俺がその場にいたら、主のお力になれたかもしれないと悔やまれる。

「あんたも知っての通り、俺達は刀剣だ。多少長くこの世に身をおいているとは言え、人間の営みに関しては初心者も同然だ。だから主であるあんたが教えてくれ」
「ぅぐぬ…」
「なぜ奇声をあげるんだ」
「だってぇ…」

こんな時いつも、もう少し早く主の元に来れたらと後悔が押し寄せる。初期刀の山姥切はもちろん、薬研藤四郎と小夜左文字、今剣は妙に距離感が近いように感じる。物理的なものではなく精神的な面で。

「疲労が気になるのなら、非番のやつにでも任せればいいだろう。それでも気になるなら朝だけでもいい」
「うぅ…」

それは然程気にするものではないが、妙に落ち着かない気持ちになる。それがどこから来るものなのか全くわからないが、不快であることにかわりない。

「今日、長谷部は非番にできるだろう」
「できなくはないけど、できるだけみんなと一緒に出陣しないと差ができちゃうと思って…」
「だそうだが」
「ご心配には及びません。この長谷部、多少のことで遅れをとるような真似は致しません」

常に俺達のことを気にかけてくださる主の為ならば、俺は如何なる仕事も熟すよう尽力するのみ。

「じゃあ、ちょっとだけお願いしようかなぁ」
「なんなりとお申し付けください」

納得したのか諦めたのかはわからないが、ようやく俺に仕事を手伝わせてくれるつもりになったらしい。
そもそも主が炊事をする意味がわからない。冬の凍てつく水でそのようなことをしていたら、今にその手に傷ができよう。その華奢な手で刃物を扱うなどして、いつ怪我をするか知れたものではない。本丸の特殊性から下女を雇えぬと言うのなら、この俺が主を補佐するしかあるまい。

「早速ですが、なにからしましょう」
「情けないんだけどね、刀も戦争も無縁だったから、報告書に書かなきゃいけない事がいまいちよくわかんなくて…」
「戦況報告はお任せください!」

それなら俺達の方が適しているだろう。
しかしそうじゃない。いや、それもいいが俺は主の炊事をやめさせたいんだ。

「じゃあ俺達は行ってくる」
「あ、お見送り行くよ」
「いや、吉野は仕事を教えてやれ。他の奴らにはうまく言っておく」
「ごめんねばんば。ありがとう」
「構わん」

普段とは異なり、やけに饒舌に話していたが、果たしてあの山姥切にうまく言う事ができるのかと疑問に思った。

「じゃあ行こうか」

しかし主に声をかけられて思考は止まり、代わりにようやく主のお力になれると言う歓喜に満ちた。
そうして見送りもそこそこに向かったのは、主の使う離れにある執務室。聞けばそこは生活できる程度に設備が整っているらしい。それでも母屋へ足を運ぶのは、皆と顔を合わせて過ごしたいかららしい。

文机の上には主が普段使っているタブレットのようなものがある。書類も筆ではなく、もっと細い道具を使っているらしい。

「長谷部って文字書ける?」
「かつての主の元にいた頃、目にしたことはあります」
「あー…じゃあ私が書くから教えて」

俺が書いた方が早いのではと思ったが、書類の記載を進めていってわかった。言葉こそそう変わりないようだが、書きの方はいくらか変わっていた。
早めに習得して主のお力にならねば。

「ところで、ずっと一人で本丸の清掃などを行っていたのですか?」
「まだ少ないし、私のセンスがないのか短刀ちゃんが多いから、なんとなく任せ難くて」
「任せてみてはいかがでしょう。見た目こそ幼い姿形をとっていますが、あやつらも刀剣です」
「わかってるけど、気持ちの問題」

人間の主より長く人の世に身をおいているんだが、やはり見た目と言うのは人の気持ちを左右するらしい。もし俺が短刀だったら、こうして共に執務室にいることもなかったんだろうと考えると、打刀でよかったと心底思う。

「失礼ですが、俺が来る以前はどうされていたんですか?」
「ばんばに聞いてた」
「山姥切ですか」
「無口だしちょっと拗らせちゃってるけど、あれで頼りになるのよ」

そう言えばこの離れに踏み込んだことはあれど執務室や、ましてや主の寝所に踏み込んだものがいるとは聞いたことがない。
いても言わないだけかもしれないが、やはり初期から主のお側にいるとなると、頼り方も異なるのか。

「その、主」
「疲れた?休憩する?」
「いえ!あの、差し出がましいのですが、主にお願いしたいことがございます」
「なに?」
「他のもののように、俺も頼っていただけませんか?」
「へ…?」

主の心底驚いたと言わんばかりの顔は初めて見た。それほどおかしなことを言ったつもりはないが、主からしたら妙な事だったんだろうか。

「私、長谷部が来てから甘えっぱなしなんだけど」
「そんなことはないです。いつだって主は誰よりも努力しています」
「…努力は間違いなくしてないかな」

どこか困ったように笑う主の言葉を否定したかったが、否定したところで気を使わせてしまうことはわかりきっている。努力せずどうしてこの本丸を支えられよう。

「そう見えるのは、長谷部も頑張ってくれてるからだよ。ここに来てからずっと頑張ってくれるから、私も頑張れるんだよ」

しかし、どう言った所で主はそれを認めてくれないようにも思う。ならば多少強引に出ても構わないだろう。

「では主、俺も共に努力させてください」
「これ以上なにを」
「明日からは俺も厨に立たせていただきます」
「え」
「刃物の扱いならば俺の方が慣れているでしょう」
「いや、そうじゃなくて」
「それにこの時期の凍てついた水で作業をしていては、いつか玉手に傷がつきます」
「…なんて?」

この俺が主の手となり足となりお仕えするのだ。


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