(近侍なるもの)
近侍とは、主君なるもののそば近くに使えること。またはその人。
調べたところ、広域としてはこんな感じの意味らしい。近習とも言うらしいけど、それはいい。雰囲気だけで理解してたけど、だいたい思ってた意味と同じだった。
しかし、ここで気になるのがうちのばんばちゃんだ。あのこったら近侍なのに全然お側にいてくれないけど。お世話されたいわけではないけど、届け物やなにかあればげんちゃんが報告に来てくれる。細々したことは前田が助けてくれる。お小夜といまつるさんはなにかと「主様、遊びましょう」と言って私を庭へ連れ出そうとしてくれる。お小夜といまつるちゃんかわいい。
こうして考えれば考えるほど、ばんばじゃなくてげんちゃんが近侍なんじゃないかと思えてくる。これは由々しき事態である。
「ばんばー、ちょっとよろし?」
「俺に何か用か?」
「お話があります」
かねがね気になっていたお話し合いをする為に、私はついにばんばを呼び出した。
「ついに写しである俺が不要になったのか」
「そうじゃないです。ばんばちゃんとお話しがしたいだけです」
「…そうか」
ひねくれモード大爆発なばんばを一蹴して、半ばムリヤリ話し合いに持っていく。聞かれて困るようなものでもないけど、広間でするような話でもないかなと思ってとりあえず執務室に連れ込んだ…この表現よくないな。招き入れたにしよう。
私と向かい合って座るばんばは、普段着として使ってる赤いジャージの上からいつもの布をしっかりと被ってる。
いつもその布被ってるけど、寝るときも一緒なのかな…それともお布団頭まで被ってるのかな。お布団だったらかわいいけど暑そうだし、その布と一緒に寝てるならお布団が汚れそうだからどっちもヤだな。
「話とはなんだ」
おっと。どうでもいいことを考えて本題を忘れるところだった。
「ばんばの態度についてのお話しです」
「なにか気に障ったか」
「さわってないけど!ちゃんと近侍してください!」
「写しの俺なんかより適した奴がいるだろ」
はい出ました。ばんばちゃん、伝家の宝刀「写しだから」。
刀に関して知識が明るくないのは自覚してるので、写しがなにかも調べた。美術工芸品や日本刀と言った基準となる作品や実物をなぞらえ、それを模倣して作った作品のことを写しと言うらしい。ざっくり言うと「これめっちゃすごい刀やん!リスペクトっすわ!」って感じ。
尚贋作と言うのは完全なる偽物で、折れた本物と別の刀身をくっつけたり、それっぽく刀に銘を入れただけだったり、全く関係ない人の刀に銘を入れたり。とにかく全く違うらしい。
「私写しとか気にしないって最初に言ったじゃん。なんで気にするの」
いまでもそんな気にするほどのことじゃないとは思ってるけど、これは刀ならではの感性なんだろうと思う。
だって、人は物じゃない。
「俺以外は皆、名のある名剣名刀だ。それに、今はいないが、いずれ本科が来たらそちらの方がよくなるだろう」
え、ほんかってなんだ。また知らない単語が出てきた。これ前に言われてないよね?二回目じゃないよね?
「あの、よくわかんなくて申し訳ないけど、私ばんばがいいよ」
「どうだか」
「だってばんばが私の初めての刀だもん。見たのも触ったのも初めて。なんなら私に初めての刀傷でもつけとく?」
「刀傷なんて作るものじゃない」
別に今だってちょっとしたケガくらいは普通にするし、やんちゃしてた時の痕だって残ってる。だから今更一つ傷が増えても変わらないんだけどな。そう思って気軽に言ったら、想定より本気で怒られた。
なんだろう、時代的な問題かな。おなごはケガをするもんじゃない、みたいな。
「俺はあんたを守る為にある。その俺が、あんたに傷を付けるわけにいかない」
「ちょっとくらいケガしたって死なないよ」
「どうだかな。人間は俺達と比べて随分脆いだろう。どこかを悪くすればすぐに死ぬ」
ばんばの極論に、私は笑うことしかできなかった。
その法則で行くなら、自己治癒できない道具の方が脆いんじゃないかと私は思うよ。
「ばんば達の時代と変わって、医学がずいぶん進んだからそんなにすぐ死なないよ」
「しかし、足の怪我はまだ直っていないだろう」
「そりゃあ手入れで治ったりしないから時間がかかるのは仕方ないよ」
「薬研が、そこから菌が入ったら腐り落ちる可能性もあると言っていた」
「滅多なことがない限りそんなことないから!」
こわ!薬研なに怖いこと言ってるの!?だから大丈夫だって言ってるのにみんなやたらと過保護なのか!
傷を診た薬研曰く、鉱石か何かを踏んだらしく気持ちいいほどにすっぱり切れてるらしい私の足は、たしかに放っておいたら腐る可能性はある。でも、あくまで放っておいた場合だ。ちゃんと消毒して、適切な処置をすればそう簡単に腐ったりしない。今だってちゃんと治りかけてるもん。
「何があってもとは言えないけど、そんな簡単には死なないからさ、距離置かないでよ。ばんばは私の初めての刀なんだから」
そう言うと、ばんばの夏空みたいな瞳が揺れた。
首が落ちれば人は死ぬ。胴が切れても人は死ぬ。ついでに動脈を切っても人は死ぬ。案外死ぬときはあっけないものなのかも知れないけど、そんな簡単に死んでやるつもりも更々ない。
「私、意外と丈夫なんだけど」
「そうは見えんが」
「信じてよ!!」
くそ!即答しやがって!私がひょろっちいからか!こうなったら筋トレしてやる!
「って!そうじゃない!」
「ちっ」
ねぇちょっと!今舌打ちされたよ!なんか話がズレてきたと思ったら、こいつ意図的に話を反らしてたのか!なんてやつだ!
「とにかく!たまにはちゃんと近侍してください!」
「写しの俺がするよりも、懐刀であるあいつらの方が適してるんじゃないか?」
「適する滴さないじゃない!私は山姥切国広、あんたがいいの!」
これからもみんなと一緒に頑張ることに変わりはないけど、一番最初から一緒にいるのはこのばんばだ。こんのすけと一緒に本丸を回って、火起こしもして、鍛刀だって初めてはばんばと二人だった。
私の勝手だけど、ばんばは少しだけ特別なんだ。
「あんたがそう言うなら…」
いつかのように勢いだけで話しきると、ばんばは口許すら見えないほど布を引き下ろした。おかげで私は布の塊にしか見えなくなった。
「話はそれで終わりか?」
「うん、そうだけど」
「なら俺は行く」
「ちょっと、ちゃんとわかってくれた?」
話ながら動いたばんばを引き留めようと、とっさに上体だけが動いてばんばの布を摘まんだ。
「わわっわかったから離せ!…後で茶でも持ってくる」
下から見上げても殆ど見えやしないばんばの顔を見上げると、変わらず顔は見えないけどこっちが驚くほど狼狽えるものだから、つい手を離してしまった。そうなれば、これ幸いと言わんばかりにばんばは逃げるように部屋を出ていった。
こうなってはいつまでも四つん這いでいても仕方ないので、私はおとなしく体を座布団の上に戻した。
そう言えば、こんなこと前もあったような気がする。と言うか、私ばんばに怒ってばっかりじゃない?嫌われてないかな?え、嫌われてたのに近侍にするとかなにそれ。鬼の所業か。
「大将もやるじゃねぇか」
パワハラしてるんじゃないかと軽いパニック状態で考えてたら、薬研が笑いながら顔を覗かせた。
げんちゃん、見た目が幼いんだからもっと普通に笑いなよ。なんでそんな喉で笑ってるんだよ。もっと無邪気に子供っぽく笑え。
「なんかあった?」
しかし無視するわけにもいかないので、とりあえず声をかけてみた。
「いや、珍しく大将が声を荒げてるもんだから気になって様子を見に来たんだが…ありゃあわざとか?」
返事は笑いを殺しきれていない声だった。
ついヒートアップして騒いだのは申し訳ないと思ってるけど、薬研が言っている[あれ]とはさてなんのことか。思い当たる事がなさすぎて首を傾げてもまだ足りない。
そんな私を見た薬研はまだ震える声で「無意識とは、大将もとんだ刀タラシだな」なんて宣った。やっぱりなんのことかわからない。あとタラシなんて言葉どこで覚えたの。それから笑いすぎ。
「大将、俺っち達は今でこそこうして人間の体を得ているが、本性は道具である刀だ」
「うん、そうだね?」
「悋気とまではいかねぇが…ああして所有者からあからさまに求められて、喜ばない道具はいないぜ?」
そこまで言われてようやく最後に叫んだことかと思い当たった。
ちょっとまって、りんきってなに?
「なぁ大将」
薬研が部屋に踏み込んでくるとき、きしりと板張りの縁側が鳴いた。
「大将が求めるのは山姥切の旦那だけか?」
「いや、げんちゃんと前田も小夜もいまつるさんも、うちに来てくれた人達はみんな大切だよ」
逆光で薬研の瞳の色が深くなる。
そう言えば紫は高貴な色だったな。織田の家にいたから高貴な色をその瞳に携えてるんだろうか。
「本来刀ってやつは一人につき一振りか二振り、多くて三振りしか所持されないことが多かった。意図的に集めてたかつての俺っちの大将みたいなお方でもなければな」
「高いから?」
「金銭的なものもあるが、使えば曲がったり折れたりして単純に使えなくなるやつも多かった。それに、あまり多く帯刀もできない」
それもそうだ。こんな重いものいくつも下げてられないよね。
そう言えば薬研の元の持ち主って誰がいたんだろう。粟田口が京都ってことはわかるんだけど…まさか織田だけではなかろう。これも今度調べてみよう。
「大将も、お国の命により刀剣を集めなきゃならねぇってことは理解してる。だけど、」
そんなことを考えてたら、ふと影が差した。
物事を考え始めると視線が下がる癖があることは、私自身わかっていた。それなのにうっかり考え込んでしまい薬研を無視するようになっていたのはよくない。そう思い顔をあげようとしたが、それより早くやたら近いところに薬研の足が見える事に気付いた。
それからは、おやと思う間もなく薬研の右手が伸びてきて、そのまま顎に指をかけられ持ち上げられた。
「どうしても引っ掛かるんだよな」
「やげ、」
「いつかでいい。俺のことも山姥切の旦那みたいに選んでくれるか?たーいしょ」
今だかつて、こんなに近付いたことはないと言うくらいの至近距離に薬研のご尊顔がある。
…いや…え?なにこれ、ちゅーできる距離なんだけど。今なにが起きてるの?つーか薬研なにしてんの?
「信頼してくれるのはいいが、もうちっと警戒心を持ってくれな。大将」
「あ、はい」
状況が全く理解できないまま唖然としているうちに、薬研は踵を返してどこかへ消えていった。
最近の薬研はどんどん新しいことを覚えてくるから、私が驚かされる事の方が多い。顎クイなんて一体どこで覚えたんだ。それ私ですら最近知ったんだけど。マジでちゅーされるかと思った。今何が起きたんだ?反抗期?それとも思春期なの?そもそも何百年とこの世にあった刀に思春期なんてあるの?あと…
「肌、めっさ綺麗やった…」
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