(天つ風よ)


私は今、タブレット端末を分かりやすく睨み付けていた。

《聞こえるか?》
「ああ、聞こえてるぜ。大将大丈夫か?」
「大丈夫」
《あるじさまー!ちゃんとみててくださいねー》
「いや、姿は見えないからな」

私の耳にはイヤホンマイク、私の隣で苦笑いをする薬研の耳にはイヤホンが着いている。その向こうから、ばんばといまつるさんのいつもより少し荒れた声が聞こえてくる。

「大丈夫そうか?」
「うん、みんながどう進んでるのか見えてる」

薬研も覗き込んできた端末には、簡易的な地図のようなものが表示されてる。こんのすけが言うには、どうやらこの端末は通販だけじゃなく、出陣してるみんなと通信も出来るらしい。

私がいきなりこんなことを始めたのも、珍しく端末にこんのすけからのメッセージが届いていて、この機能をさっさと使えと画面上で怒られたからだ。いや、こんのすけからもらった書類の山の中に情報としてはあったけど、新しいものって得意じゃないんだよね。触らなきゃわかるものもわからないんだけど、どうも苦手意識が拭えない。
そうしてしり込みしている私を見かねたのか、近侍が補佐するためにとイヤホンがもうひとつ届けられた。おかげで逃げ道は見事断たれ、こうして実践することになってしまったわけである。嬉しくない。

《分かれ道だ》
「どうする?」
「うーん…普段みんなはどうしてるの?」
「賽子を使ってるな」
「じゃあいつも通りでお願い」
《わかった》

本日のメンバーはばんば、小夜、いまつるさん、らんちゃん、鳴狐、長谷部の六人。薬研は私の横で補佐してくれてる。

《嫌な空気だな。囲まれてないか確認しろ》

マイクの性能のせいか、それとも単純に時空を越えてるからか。ばんばの声が、前に賊と対峙した時と同じような空気をまとってることはわかるのに、どこか遠いところのように感じる。実際かなり遠いんだけど、リアリティーに欠ける感じ。

「大丈夫だ。旦那達なら怪我一つしないだろうよ」
「うん」

別に過剰な心配はしてない。
だって初めてばんばを送り出したときとは状況が違うし、よほどのことがない限り大ケガをしそうにないところにしたし、なによりうちの人達はみんな強い。それに、今回の出陣先は策敵に失敗することすらないとみんなから聞いていたのもある。

《主、敵の陣形は横隊陣だそうだ》

横隊陣…たしか、横一列に広がった陣だったはず…え、これ違ったらめっちゃ恥ずかしいんだけど。

「横隊陣に有効な陣はなんだ?」

いつもだったらみんなが自分で決めてる陣形だけど、今日は私の為に選択を委ねてくれている。私には陣形なんて書面でしかわからないけど、より有効な手段をみんなに展開する方がいいと思う。

「えっと…鶴翼陣?」
「正解だ。因みに鶴翼陣は打撃の効率が上がるかわりに、統率力と機動力に不利が生まれる」

有効であることはもちろんいいことなんだろうけど、機動力が落ちるのはあんまりよくないな。でもうちの基本メンバーは機動力が高いから、多少落ちたところで大きな問題はないはず。

「ばんば、鶴翼陣で」
《わかった》

イヤホンの向こうから、みんなの声と金属のぶつかり合う音がする。みんなが命を懸けて頑張っている音だから耳を塞ぎたいとは思わないけど、あまり気持ちのいいものではない。

「横隊陣に対する不利な陣形はわかるか?」

薬研の言葉で意識が音からそれる。正直なところ、不利な陣形と言うのはあまりはっきりとは覚えていない。でもまったく知らない訳じゃない。ちゃんと不利な陣形だって勉強した。だからわかる。

「方陣」

でもわかるだけ。さっきの鶴翼陣のように、どういった効率がよくなるのかまではまだ理解できてない。それは薬研もわかってるから、そこまで突っ込んで聞いてこないんだろう。

「方陣は統率力を上昇させるが、機動力と打撃が落ちる可能性が高い」

逆にこうして細かく教えてくれる。私はそれを手元のノートに記していく。どんな陣形か薬研が教えてくれるからその図解と、どんな土地だと生きる陣形なのかも書いておく。

少しするとイヤホンの向こうから金属の音は聞こえなくなっていた。

「ばんば、終わったの?」
《ああ、これから帰城する》
「お疲れ様。みんなケガはない?」
《大丈夫だよ。ありがとうあるじさんっ》
《主殿ー、ご覧いただけましたか主殿ー》
「だから見えてないっての」

みんな無事らしく、元気のいい声が向こうから聞こえてくる。薬研の笑う声はみんなに届いてないみたいだから、向こうはとんでもない騒ぎになってるんじゃないかな。

《とぉーぜんですよね!》
「小夜も長谷部も大丈夫?」
《問題ないよ》
《主命を果たしたまでのことです》
「よかった。気をつけて帰ってきてね」

今日はこのまま帰ってきてもらおう。で、そのあとはお休み。ゆっくりしてもらってる間に私はこいつに馴れよう。そう思って端末を触ってると、気になるのか薬研が覗き込んでくる。
好奇心旺盛かな?

「わかりそうか?」

戦において私が持っている知識なんて、紙面上の情報を頭に叩き込んだだけの付け焼き刃にすぎない。経験の伴わない情報なんて、実際戦場に立っている薬研達に比べたらミジンコほどの役にも立つ筈がない。

「わかんないとか言えないけど、正直よくわかんない」
「なに、焦らず覚えていけばいいさ」
「でも政府からの通達によれば新しい刀剣も増えてるみたいだし、私も少しでも早く覚えてみんなの力にならないと」
「焦らなくても、俺っち達は俺っち達のペースでやっていけばいい」
「うん」

そう言えばお昼の用意してなかった。普段お昼を回りそうなときはみんなにお弁当(と言う名のおにぎり)を持たせてるけど、今日は戻ってくるから持たせてないんだよね。私一人だったらお昼なんてなくてもいいんだけど、みんなはそうも行かない。帰ってくるのに間に合うかわかんないから、ちょっと簡単なのにしちゃおう。

そう思って端末とイヤホンマイクを置こうとしたとき、端末からけたたましい音がした。それと同時にばんばの焦った声が届く。

《主!!》
「ばんば!何があったの!?」
《敵襲だ!今までの奴と比べて、明らかに練度が高い…!》

今日の出陣先はそれほど強い敵が出ないことは日々の報告でわかってた。それなのにどうしていきなり強い敵が現れたのか…何がいけなかった?私の采配が誤ってたのか?それとも、そもそも出陣場所が誤ってた?それより今までより強い敵ってなに?みんなは無事に帰ってくるの?もしまた誰かいなくなったりしたら…

「大将、落ち着け」

あてどないことをぐるぐる考えてたら、薬研に手を取られた。

「大丈夫、みんな帰ってくるだろうよ」

血圧が下がってたのか、冷えきってた私の手は薬研の熱にひどく安心した。
そうだ。不確定なことに対して焦ってる場合じゃない。今をどう乗り切るか、私はみんなの主なんだからしっかりしないと。深く息を吸って、最優先事項に意識を集中させる。

「ばんば、そいつら倒して帰ってこれる?」

多少なりとも疲労はあるだろう。しかも気を抜いていたタイミングでの出現だ。みんなのモチベーションも気になる。

《当然だ。全部斬ればいいんだろう?》

それなのに、返って来た言葉が頼もしすぎる。普段写しだなんだって言うことが多いけど、今のばんばは私よりよっぽど頼りになるよ。

「うん。全部叩き斬って帰ってきて」
《わかった》
「敵陣形は?わかりそう?」
《探ってはいるが、難しそうだな》
「そう…刀装は?」
《全員まだ残っている》

相手の練度が高いことが起因して、隠蔽能力もこっちを上回ってるんだ…それなら少しでもこっちが有効に動ける手段を考えないと。編成はばんばと小夜、長谷部にらんちゃんにいまつるさんに鳴狐。機動力なら申し分ない。不安があるとしたら打撃力。もしかしたら短刀のみんなは刀装でカバーできなくなるかもしれない…でも、やるしかない。

「ばんば、魚鱗陣で。くれぐれも無茶はしないで。退けるだけでもいい、必ず全員で帰ってきて」
《それがあんたの命令なら》
「次話すのは帰ってきてだからね。一人でもかけてたらぶん殴るからよろしく」

ちょっと物騒なこと言ったけど、大丈夫。みんな絶対に帰ってくるって信じてる。私は私でできることをする。

「みんなが戻るまでに準備するよ」
「とりあえず資材を手入れ部屋に運べばいいか?」
「いや、部屋の数が足りないから、待つことになる人の手当てと、メンタルケアもお願い。資材はひとまず私が運ぶ」
「わかった」

資材は手入れ部屋からそれほど遠くないところにある程度置いてある。だけど、今回はそれで足りないかもしれない。刀身の破損が目立つなら玉鋼の消費は免れないだろう。それから打ち粉だって必要になる。その他にもいろいろ。もうなにが必要かわからなくて、適当に引っ付かんだ風呂敷に玉鋼を持てる限り包んで手入れ部屋に走った。
その先に、すぐに手入れできないメンバーの手当ての用意が済んだらしい薬研が、手入れ部屋のすぐ近くにいた。

「薬研ごめん!大丈夫?!」
「こっちは急がなくて大丈夫だ。大将こそ大丈夫か?」

なにも言わず私の手から風呂敷を奪っていくんだから、本当にこの短刀は男前が過ぎる。それと私の思い込みが激しくなければ、薬研の私を気遣う言葉にはそれこそ様々な意味が含まれてるだろう。だけど私はそれを振り払うように「大丈夫」と返すしかない。私はもう取り乱したりしない。みんなが戻り次第、なにがなんでもすぐに手入れする。絶対に、誰一人として折らせない。
資材をどれくらい使うかも見当がつかず、とにかく多すぎるほどに準備をしていたら、ふと予感がした。

「薬研、そろそろお迎えに行こう」
「ああ」

なんだかよくわからないけど、帰ってくる気がした。いつもなら「そろそろ帰ってくるかな」なんてぼんやり思うくらいだけど、今日はそんなものじゃない。根拠なんてないけど、みんなが今から帰ってくる確信がある。

「簡単な治療なら俺っちに任せてくれ」
「うん」

さぁ、一仕事しようか。


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