(我が上の星は見えぬ)


「主殿!お急ぎ下され!」

足元で声をあげるともちゃんに急かされて、明らかにケガの酷い長谷部とらんちゃんを手入れ部屋に押し込んだあと、適当に式をわし掴んで全力で霊力を込めて部屋の障子を閉めた。
ついさっきまで通信してたのに、まさか最後の一戦でこんなことになるなんて思わなかった。みんな返り血なんだかそれぞれの出血なんだか見分けがつかないし、らんちゃんなんて鳴狐に背負われたまま意識がなかった。

「みんなはちょっと待ってもらうことになるけど、いい?」
「ああ」

他のみんなも酷いけど、今押し込んだ二人はとりわけ酷かった。長谷部だって、意識があると言ってもほとんどないも同然な状況だった。

そんな彼らにとっての手当ては刀身の手入れであり、人間で言う一般的な手当ては気休めにしかならない。そんなこと頭ではわかってるけど見ていられなくて、薬研と二人で部屋の前で手入れ待ちの人達の出血しているところに布を充てていく。
その間、私は忘れてる何かを思い出そうと必死に考えていた。こんなときにこそ使うものがあったはずなのに、このポンコツ頭はなかなか思い出してくれない。
なにかあったのは間違いない。なにか、こんなときに使うなにか…

「薬研!ちょっと部屋行ってくる!」
「おう、どうした?」
「小夜ごめん!待ってて!」

頭の中で必死に記憶を手繰り寄せた結果、ひとつヒットした情報があった。
いきなり私が立ち上がったからか驚いてる小夜も、律儀に言葉をかけてくれた薬研への返事もおざなりに、手当ても途中で走り出した。

普段これといって急ぐことがなかったから、持ってることすら忘れてた。鍛刀にも手入れにも使える、時間短縮ができる便利札。
もっと早く思い出しておくべきだった。そもそもあんまり使わないからって部屋なんかにしまうんじゃなかった。

それほど数はないけど充分に足りる札を全部棚から出し、また手入れ部屋まで走る。今の私は、一秒でも早くみんなを直さないといけないことしか考えてない。

「やげっ、これっ直す、のっ!」
「落ち着け、まずは大将が息しないと死んじまうぞ」

手入れ部屋に着いた時、私はむせながら膝から崩れ落ちていた。枯渇してる体力と貧弱な筋肉が悲鳴をあげているのが全身でわかる。全力疾走なんてするんじゃなかった。口の中血の味がする。冬に向かってるから空気が乾燥してるのもあるんだろうけど、まさかこの歳で喉を切るとは思ってなかった。高校の真冬のマラソン大会思い出したよ。

咳が多少落ち着いてから、善は急げと立ち上がった。
これの使い方はちゃんと聞いてないけど、とりあえず式神と同じだろうと検討をつけて、それぞれの部屋に札を張り付ける。手入れの式神であれば両手で挟むけど、張り付けた札はそれぞれ距離があってとてもじゃないが届かない。それならばと、それぞれの部屋の間に座る。あとはまとめて霊力とやらを札に与えればいいだろう、なんて楽観的に考えてる。ここにあるものって大抵陰陽師的なアレだから、たぶんきっと合ってる。

「せめて息が整ってからでいいんじゃないか?」
「ダイジョブ」

ばんばちゃんの優しさだけで私は元気百倍だよ。私は主として、ちょっとでも早くみんなを楽にしてあげないといけないんだから。

深呼吸をひとつして、廊下に手をついた。
顕現するときはなにも考えないで手をかざしてるけど、今日はそれじゃダメだ。たぶん札に霊力が届かないと意味がない。二つ均等に、且つ距離のある札に霊力を巡らせる為に、頭の中で水流をイメージする。重力は関係ない、ただ私と言う水源から札まで水脈を作る。分量とかわかんないから、とりあえずたくさん。湧き出して、流れて、辿り着いて留まる。

そうして少ししたら、なにか、紙風船が弾けるような音がして閉じていた目を開いてしまった。

「今の…なに…?」
「あるじさまのはったふだが、はじけとびました」
「え、なにそれ」

言われるがまま札を張った場所を見ると、どちらもそこに札はなく、わずかな切れ端が残っているだけだった。
これ大丈夫?ちゃんと効果発揮してくれてる?やっぱりこんのすけに聞いてから試すべきだった?
しかし、ここにこんのすけはいないし、回答を持っている人もいない。

「だ、大丈夫だと思う?」

とりあえず一番近くにいた小夜に聞いてみたけど「たぶん」としか返ってこない。当たり前だ。

「気になるなら覗いてみたらどうだ?」
「もし手入れの途中だったらどうしよう」
「その時はその時だろう」
「主殿が手入れをされる事もありますので、覗いた程度で何か起きることはないかと!」

そわそわしていても仕方がない。みんなに背中を押され、そっとらんちゃんの手入れをしていた部屋を覗くと、呼吸も安定しているし戦服も出陣前と変わりないものに見えた。ひどかったケガも治ってそう。刀置きの刀身にも曇りひとつない。

「よかった…」

無事に札は効果を発揮してくれたらしい。この様子なら長谷部もちゃんと治ってる事だろう。二人の目が覚めて部屋が空いたら小夜と今剣を治して、そのあとに鳴狐とばんばかな…いや、申し訳ないけど目が覚めるまで待つことはできない。

「よし。薬研、隣の部屋も布団はあったよね」
「ああ」
「布団二枚並べて」

こんな端的に声をかけた私が何をするかよくわかってないだろうに、布団を敷く為にすぐ動いてくれる薬研は本当によくできた子だと思う。付喪神だから「子」ではないけど。

そんな薬研を横目に、ひとまずらんちゃんに近寄った。
ゆっくりしててもらいたいんだけど、小夜達のケガもいつまでも放っておけない。だから隣にひとまず移動してもらおうと思って、らんちゃんを抱えあげようとした。けど、できなかった。

身長的に長谷部は無理だと思ってたけど、この子達筋肉量あるから見た目より重い。抱えるのは諦めて素直に背負うことにした。
うを、足プルプルする…

「主殿!?何をしておられるのですか!?」

そうして部屋を出れば目をまん丸くしたみんなと、甲高く疑問を唱えるともちゃんがいた。
次の手入れの為に部屋を開けたかったと言えば、ばんばが「俺を使えばいいだろう」なんて言うんだからひっくり返るかと思った。

「代わる」
「なっきーもばんばも、ケガしてるんだから、ムリはさせられないよ」
「…長谷部は?」
「長谷部はさすがに助けてもらおうと思ってました」

らんちゃんでもかろうじてだったんだもん。長谷部なんてムリ。と言うか、成人男性って私の筋力で持ち上がるの?

「大将、代わるぜ」

そう言ってらんちゃんをあっさり奪った薬研は、私に次の手入れの準備をするように言った。その横を長谷部を抱えたばんばが通ったけど、効率を考えるとなんの文句も言えない。

あれ?私主だよね?

「…仕方ない。小夜達は布団いる?」
「そんな重傷じゃないからいい」
「ぼくもだいじょうぶです!」

手入れ完了と共に布団の血もなくなってはいたけど、直前まで他の人の血がついていた布団は使いたくないだろう。そう思って聞いたら、二人して布団はいらないとのこと。しかも見てる私からしたら酷いケガなのに、なぜか大丈夫そうにしている。

お願い。大丈夫なのはわかったからそんなに飛び跳ねないで、いまつるさん。

見た目と異なり、こちらの想像以上に元気な二人が部屋に入ったのを見届けて、また札を張る。
さっきので要領は得た、はず。だからきっと札が弾けるなんて事はない。そんな期待も虚しく、札は再び弾けてなくなった。

「あるじさまー!」
「わっ」

スタンと障子を勢いよく開け放って飛び付いてきた今剣は、すっかり出陣前と変わりない。続いて出てきた小夜も大丈夫そうだ。

「じゃあ次はばんばとなっきーね」
「ささっ鳴狐と山姥切殿も!」
「ともちゃんも入ってくださーい」
「ああ!主殿!」

なぜか自分は大丈夫と言わんばかりだったともちゃんも、鳴狐と共に手入れ部屋へと投げ込んだ。そして流れるように札を張り付けて同じ作業。

さっきと同じように弾け飛んだ札を見て、無事手入れが終わった事がわかる。ひとまず安心出来るかと思った瞬間、まるで酷い船酔いでもしたかのように視界がぐるぐる回り始めた。

「ねぇ、顔色が悪いけど」
「薬研!あるじさまのかおいろが!」

心配してくれる二人に大丈夫と言いたいのに、吐き気に近い不快感がそれをさせてくれない。

「立てるか?」

いつの間にかばんばがすぐ隣で背に手を当ててくれるけど、返事をする余裕もないから代わりに緩く首を振った。
ばんばちゃんが手入れ部屋から出てきたことにも気付けない程とは、あんまりよくないな。

「小夜」
「わかった」

目を開けることすらままならない私を置いて、ばんばと小夜が短く言葉を交わすと、私の体が宙に浮いた。

「ちょ…っと。待って、ばんば」
「目を閉じてろ」

主である私の意見は淘汰された。
全く納得いかないし現状の理解もできてないまま、どうやら運ばれたのは私の部屋らしい。しまっていたはずの布団がすでに敷かれていて、そこにひどく気遣わしげに降ろされた。

「ごめん、あなたの確認を取らずに用意した」
「大丈夫だよ。ありがとう」

小夜にはみっともないところばっかり見られてる気がする…いや、それはみんな同じか。
敷地が広いから多少体力がついてきたとは思ってたけど、このままじゃどう考えてもダメだ。時間作ってマジで筋トレしよう。

「こんな状態で申し訳ないけど、最後の敵部隊に関して聞きたい」
「大丈夫なのか?」
「うん」

勝手にへばった私の事なんかより、状況の確認が先だ。情報は鮮度が命。みんなの記憶が薄れる前に正確な情報を把握しないと、事態の報告ができない。

「では、報告する」


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