(田作の歯軋り)


素麺で腹ごしらえをして暫くすると、タイミングを待っていたかのようにこんのすけが声をあげた。

「おや。早速ですが、敵軍に動きがあったとの報告があります。出陣して沈静化を図りましょう」

なんでそれがわかるんだって突っ込みはさて置いて。皆の者、出陣じゃー…って…

「え、私が行くの?」
「ご安心ください。戦には刀剣男士が出陣しますので、菱様が戦に出ることは基本的にはございません」

よかった。私が戦場なんかに行ったら、足手まといどころじゃなく邪魔になるところだった。今後私が戦場に出る、なんて異例が起こらないようにだけ祈っておこう。

「山姥退治なんて、俺の仕事じゃない」

うん、退治するのは山姥じゃないかな。あと山姥を退治したから山姥切なんて名前がついたんじゃないの?本家?が切ったからその名前なの?ダメだ、後で調べよう。

そんなことより心配がある。

「え、一人で大丈夫?」

それはばんば一人で戦に出して大丈夫かって事。
子供にするような心配をしてる訳じゃないけど、一人で行かせて大ケガなんてさせたら大変だ。こんのすけはさらっと戦に出せって言ってるけど、この人神様なんだよ?

「見たところ刀を握ったこともないあんたが戦場にいても足手まといだ」
「それに、本来刀は戦場でこそ真価を発揮するもの。先程も申し上げましたが、菱様は本丸にてお待ちください」

足手まといって…そんなこと言われなくても初めからわかってたし、高校時代のなけなしの体力も筋力もすっかりなくなってるから間違いないけど…言い方。暗にこんのすけも同意したよね?
でも、こんのすけの言葉には一理ある。使うタイミングであるにも関わらず、戦う為に造られた刀を後生大事に床の間や蔵に仕舞い続けるのは、きっと間違ってる。

「わかった」
「それでは菱様、こちらで出陣先の履歴作成をお願い致します」

そうして渡されたのはよく見知ったタブレット端末。たぶん10インチくらい。

「なんでこれなの?」
「情報を正確に残す為です。その他にも食材や日々の生活用品の発注も可能です。尚、こちらは各審神者様の時代に合わせて最も操作しやすい形をとっております」

じゃあさにわさんの元いた時代によっては、宇宙戦艦の心臓部みたいなのを操作する人もいるのか。
…それはそれで気になる。

「やっぱり台所ガスコンロにしたい」
「そのお話は後程お伺い致します」

こんのすけに言われるがままタブレット端末の操作をすると、庭先にある大きな門戸が反応した。

「以上で出陣の準備完了です。後は送り出すだけです」
「ばんば、気を付けて行ってきてね」

人間の私と違って神様であるばんばは、やはり考え方が違うんだろう。それほど仲がいい訳でもないから気にしてないけど、私のその言葉に返事はなく、一人で門を潜って戦場へ進んで行ってしまった。
ケガをするなとは、とてもじゃないけど言えなかった。戦に出ると言うことは相手を殺すと言うこと。相手を殺すからには、殺される覚悟を持って挑まないといけない。そんな状況でケガをするなと言われても難しいだろう。

「わたくしは菱様へお渡しする資料を取って参りますので、暫し席を外します」

そうだった。ポンコツすぎる私の頭では先程受けた説明を覚えることなんてほとんどできず、結局こんのすけに書面に起こしたものを用意してもらうんだった。

「お願いします」

戦に向かう時とそれ以外の外出では、使う門が違うらしい。とてとてとかわいらしい足音を立てながら、玄関だと教えられた方角へとこんのすけは消えていった。

さて、こんのすけもいなくなると、私はこのだだっ広い家に一人になる。私が起きた時既にこんのすけがいたから、ここで一人になるのは今が初めてだ。
残された私は縁側で膝を抱えて小さくなった。ばんばが出陣してこんのすけがいなくなると、ここの静けさが際立つ。風の囁く音くらいしか聞こえない。広すぎる日本家屋に、風の音だけがこだまする。

要するに、淋しい。

一人暮らしをしていても、一人が淋しいと思ったことはいままで一度もなかった。だけどよくよく考えてみれば、度重なる残業と前倒し出勤に休日出勤。残業代は出てたけど、あの残業時間は異常だったんだろうと今だから思う。考えるまでもなく、家には寝に帰っていたようなもので、休日は一週間分の睡眠不足を補うようにほとんど寝て過ごしていた。女としてどうなんだとは思えど、絶えまなく押し寄せる仕事を捌かなければいけなかったし、だからこそ淋しいと感じる暇もなかったのかもしれない。

せっかくの空き時間だからさっき教えてもらったことを復習しようと思ったけど、このポンコツ頭では復習もままならない。次からはメモを用意して説明を受けよう。それから、起きた部屋にあったPCで調べてもいい。
だけど、今ここから離れる気には少しもなれない。私の経験しえない戦で、ばんばがどうなるのかわからなくて不安だからだ。

そわそわしながら膝を抱えて日が沈むのを見ていたら、門がゆっくりと開いた。

「おかえっ…!?」

帰って来たばんばは、思っていた以上に酷いケガをしていて言葉を失った。

「裸足で降りるな」
「だって、ばんばケガっ」

縁側には草履もなにもなかったからそのまま駆け寄ると、私が素足であることを咎めた。ここでもしも私がケガをしても、それはたいした問題ではない。ばんばも腕がなくなったり腹に穴が開いているというわけではないけれど、満身創痍ではあるだろう。

「ど、どうし…手当てっ」

確かこっちだったはず…と、うろ覚えな記憶を辿って長屋から足を進めて、できれば使いたくなかった手入れ部屋と言う名の平屋建てにばんばを連れ込んだ。こんな時ばっかりちゃんと覚えてるんだから、私の頭はどうなってるんだ。
半分パニックを起こしたままばんばの手を無理矢理引いて歩いてきたけど、思ったよりも素直に着いてきてくれてよかった。

手入れ部屋で適当な場所に座らせて、手近な地袋を開くと救急箱が見つかった。他になんかよくわかんないけどポンポンとかが入った入れ物もある。
よくわかんないものは一回無視して、ひとまずばんばの手当てだ。

「い、痛かったら言ってね…」

消毒が沁みるあの痛みは、いくつになっても耐え難い。更に私は他人のケガはあまり好きじゃない。医療系のドラマや特番なんて絶対に見ない。今だって情けないことに手が震えてる。

泣きそうになるのを必死に堪えて、消毒やらガーゼやらでばんばの手当てをする私の耳に、不意に滑り込んできた言葉。

「このまま、朽ち果ててしまっても構わなかったのだがな…」

それはとても小さな呟きだったけど、手当ての為非常に近い距離にいる私の耳は容易くその言葉を拾った。

「……は…」

意味を理解して、手が止まった。

それは私達で言う「死んでもよかった」と言う意味合いだろうか。いや、きっとそうに違いない。物が死ぬときは朽ちると言うんだろう事くらい、バカな私にもなんとなくわかる。

「はぁああああああああ?!」

なんとなくわかるけど、意味がわからない。なんでばんばがその考えに至ったのか、全くわからない。

「なに言ってるの?意味わかんないんだけど!」

すぐ近くにあるばんばの碧い目がまんまるくなってるのがわかる。普段なら間違いなくびっくりするような至近距離だけど、頭に血が上ってる今はそんなこと気にしている場合じゃない。逃げようと腕を引くばんばを逃がさないよう、必死にその腕を掴む。

人が泣きそうになりながら必死になって重症患者の手当てをしてるのに、手当てされてる本人が死にたいと宣うとは何事か。そもそもなんでそんなにマイナス思考なんだ。写しってやつがそんなに悪いことなのか!?

「会ってすぐに死にたいとか言われても私には全然まったく意味わかんないんだけど!!」

目が覚めたら突然ここにいて、よくわからないうちに神様を降ろして、その神様を戦争に出せって言われて、そうしたら神様はとんでもないケガして戻ってきて、手当てしてたら自殺志願者みたいな事を言われて、私の頭はめでたくキャパオーバーを迎えたらしい。

「ばんばが何を思ってそんなこと言うのかよくわかんないけど、絶対に死んだらダメだから!何があっても死ぬなんて許さない!死んだら殺すから!!」

ボロボロ泣きながら意味のわからないことを喚かれて、ばんばからしたらとんだ迷惑だろう。私でも「なんだこの女」ってドン引きする自信がある。
でも私は死んでほしくないのだ。なんの因果かわからないけど、私はこうしてばんばと出逢って言葉を交わしてしまったのだ。人が死ぬのは見たくない。

「死んだ後にどうやって殺すんだ」
「知らないけど!死んだら殺す!」

小学生のような幼稚で文章にもならない言葉。ばんばは私が泣きながら喚いてるのが面白かったのか、初めて少しだけ笑った。
笑うのはいいんだけど、なんか今笑われるのはムカつく。

「なんっだよ!なんで笑うんだよぉ!」
「いや、すまない。人はそう言う生き物だったなと思い出したんだ」

遠い昔の記憶だろうか。何を思い出したのかわからないけど、笑えるくらいなんだから少なくとも悪いことではないんだろう。
なんとか涙を止めて、相変わらず震える手に情けなさを覚えながら手当てをしていたら、目の前に細長い物が出てきた。

「この体より、こちらを頼む」

受け取るとずしりとした重みが腕に伝わるそれは、黒塗りの鞘に納められた刀だった。

「この体は仮初めの肉体。俺の本体はあくまでこの刀だ」

ああ、そんなことこんのすけが言ってたかもしれない。私の頭は本当にポンコツに出来てる。

「えっと、手入れ…」

刀の手入れなんてしたことないから知らないけど、漫画とか任侠ドラマとかでよく刀をポンポンしてるのを見る。たぶんさっき見つけたセットを使うんだろうと目星をつけて、地袋から引っ張り出した。
血だか錆だか油だかよくわからないものを添え付けの紙で拭き取って、よくわからないなりにポンポンしようとしたら、ばんばに刀を取られた。どうやら刀身を取らないといけなかったらしい。だから木槌やら金属の道具やら色々あったのか。
手入れに関して全くの無知であるとわかったのか、ばんばは手順を細かく教えてくれて、なんとか刀身の手入れができた。

「これでいい?大丈夫?」
「ああ」

よくよく見ると、ばんばのケガも治ってるらしい。
本体である刀が直れば人の体も治るのか…と言うことは、刀が折れない限り死なないってこと?いやでも、毎回ばんばが血まみれになるのは見たくない。

「こちらにいらっしゃいましたか。初陣は如何でしたか?」
「いかがでしたかじゃないよ!ばんば大ケガして帰ってきて大変だったんだから!なんでこんなことさせるのさ!」

書類を持ってきてくれたこんのすけに食って掛かる私に対して、無茶な文句だと冷静な私がどこかでため息をつく。

「ですが、刀剣男士を使役して歴史修正主義者の討伐を」
「わかってる!」

ばんばを始めとした刀達は戦争に勝つ為に呼び出されるんだから、戦場に出るのは当たり前のこと。刀を扱えない私に代わり、自らを使い戦線へ向かう。
今はさにわの技ってやつで人の体を持ってるけど、かつては刀そのものとして戦場でその力を発揮していたんだろう。

「わかってるけど、毎回こんなケガをすることになるの…?」

でも、今はただの刀じゃない。

「菱様はお優しいのですね」
「そんなんじゃないけどっ…人がケガをするのは、見たくない」

ばんばは刀であり神様であり人じゃない。わかってるけど、わかってないのかもしれない。わかってたらこんな無茶苦茶なこと言わないだろう。

「彼等は人ではありませんよ」
「人と同じ形をとってるモノが傷付くのはヤダってこと!もちろん人以外の生きてるものも見たくないよ!」

そう言うとこんのすけは首を傾げて、ばんばはやっぱり面白そうにうっすらと笑ってた。

「俺は生き物ですらないんだけどな」
「だからっ」
「いいんじゃないか。あんたのような考えの人間がいても」
「はい。数多の審神者様がおられますが、勿論各々の考えを元に本丸を取り仕切っておられます故」

反論しようとしたところでばんばの穏やかな肯定の声と、こんのすけの受け取りに困る声が聞こえて言葉を飲み込んだ。

本丸?の運営方法なんて十人十色でいいと思うけど。でもこのままじゃあケガにビビりすぎて全然先に進める自信がない。
どうしようかと考えていたら、こんのすけの「では鍛刀しましょう!」と言う元気な声が響いた。

「鍛刀?」
「資材を使って刀を作るのです。鍛冶は専門の式神がおりますので、審神者様はお待ち頂ければ大丈夫です」

確かに仲間が増えれば大ケガはしなくなるかもしれない。でもそれって根本的な解決にはなってないよね。

「ではさっそく鍛刀部屋に参りましょう!」

こんのすけはそう言って手入れ部屋を元気に出た。
言ってることはわからなくないんだけど、なんだか腑に落ちなくてその場から動けずにいると、ばんばは迷うことなく私の手を取ってその後を歩き始めた。

「なんだ、まだなにか気になるのか?」
「うん…それだけじゃあ根本的な解決はしないんじゃないかと思って」
「この後に聞いてみたらいいんじゃないか」

そうか、うん。そうだな。こんのすけに聞いてみよう。それから持ってきてくれた資料を全部読んで頑張って覚えよう。

「お二方!早くいらしてください!」
「ごめん!」
「そっちじゃない」

角を曲がったのか姿が見えないこんのすけに返事をして角を曲がろうとしたら、曲がらないように手を引かれた。
私が方向音痴であることは、この本丸を案内された時あっさりばんばにバレてた。だからだろう、極自然と私の手を引いてこんのすけの後を追いかけている。

…ええ、今更ちょっと手を繋いだからって心ときめくような歳じゃないんですけどね?流石に緊張するんですよ。さっきはキャパ的余裕がなくてスルーしたけど、超至近距離で目があった時のばんばが美男子極めてたんですよ。めっちゃお綺麗でした。
普段は布で全然見えないけど、あんな綺麗なお顔が下にあるとかびっくりしたよ。

「わざわざ手繋がなくても迷わないよ?」
「あんた、さっき逆に曲がっただろ」

そうだった!こんのすけに案内してもらってる時もついさっきも盛大に間違えたんだった!
ああもうっ方向感覚が来いって気持ちだよ!さっきまでのシリアスどこ行った!


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