(本丸で迎える朝)


ここに来て一週間。日課は相変わらずこなしてないけど、少しずつ人数が増えつつある本丸にそれなりには慣れてきたと思う。…まだまだ不慣れなことも多いけど。掃除はみんながちょこちょこ手伝ってくれるし、人手の問題からなかなか手を出せなかった畑も少しずつ手入れを始めた。

相変わらずどうしてここにいるのかとか、ここに来る直前の事はいまいちよくわからないけど、まぁいいかと思えてくる。個人情報が全部バレてるなら逃げたところですぐ戻されるだろうし、そもそも立地不明なここから逃げられるとも思ってない。几帳面な人だったらこうはいかないだろうなと思うたびに、楽天家な性分でよかったと常々思う。だからいつまでたっても方向音痴が直らないのかな。

それと、ガスコンロにしたいってこんのすけに相談したけど、どうやら時間がかかるらしい。それまではなんとか火起こしを頑張ろう。毎日繰り返してたらなんとかできるようになったし。

尚、元いた部屋や会社のことをこんのすけに聞いたら、詳しくはわからないけどうまいことやったらしい。部屋がなくなければ帰る場所もなくなるって事なんだろう。まったく、政府とやらは力業が過ぎると思います。あとあの会社、給料悪くなかったんだけどなあ…ここよりは低いしブラック寄りのグレーだったけど。

そんな事をつらつらと考えながら、たっぷりの鰹節と昆布を鍋から引き上げる。それだけでおいしい匂いが辺りに広がって、ついにやけた。

だし巻き玉子とお味噌汁、それから日替わりの焼き魚。ありきたりで変わり映えのない朝ご飯だけど、私はそれが案外気に入ってる。正直、誰かと朝ご飯なんて食べたの何年ぶり?て感じだった。ついでに、朝から料理をするようになるとも思ってなかった。こんなこと面倒極まりないけど、誰かと一緒に食べるご飯がおいしかったことを思い出してしまったら、もうやらずにはいられなかった。

今日もきっとおいしい。そう思って一人でにやつきながら魚の焼き具合を見ていたら、ふいに小さな影が頭を覗かせた。

「おはよう前田」
「…おはようございます、主君」

声をかければおずおずを顔を出す、まっすぐ切り揃えられた前髪。一言で言うならかわいい。詳細はあえて語るまい。

前田は特別朝早いと言う訳ではないと思うけど、かなり朝が早いのは素直にすごいと思う。何を隠そう、私はギリギリまで寝たいタイプなのだ。とは言え、寝起きはいいので早起きをすること自体は苦にならない。今はご飯を作るのに少しだけ早起きしてるけど、前田はその少し後には起きて来て、こうして台所を覗いてくれる。

「主君、また誰も連れず炊事などなさって…」

この言葉をそのまま受け取るなら「心配」の一言なんだろう。前田は小夜や薬研と比べると、守刀としての意識がとても強いように感じる。だから私がここに立つことにすら不安を覚えるのかもしれない。
料理をするとなると、どうしても刃物や火を扱うことになる。それは、一歩間違えれば大きなケガをする可能性があると言うこと。それが理由だと思えば、少しの小言くらいかわいいものだ。

それとも、前田が守ってきた人が台所に立ったことないだけかな。

「前田は私の作るご飯食べたくない?」
「いえ!けしてそのような意味ではなくっ」

焦って否定する前田は、やっぱり私のケガとか心配してるんだろうな。
ばんばに小夜、私が鍛刀した前田と薬研、それに戦場から連れて来た今剣。ケガをさせることにビビってる私の進軍は他の審神者と比べたらかなり遅いんだろうけど、小さくてかわいい小夜や前田達を守れるならなんだっていい。もちろん、一番背の高いばんばだって二度とあんな大ケガしてほしくない。

「主君の用意してくださる食事は、いつもとても美味しいです」
「えへへ、ありがとう」

前田と私しか知らない朝のこのやり取りをしてる時、私はいつもだらしなく笑ってお礼を告げる。お世辞だかなんだかわかんないけど、直接そう言われると嬉しくなって当たり前だ。

「今日はだし巻き玉子を作ろうか」

わざわざ朝早くから台所に顔を出して、更に心配までしてくれる前田を追い返すことなんて私にはとてもできなくて、最近は一緒に作ることも増えた。

「はい!」

桜をほんの少し散らせながら近寄ってくる前田のかわいいこと…誘ったら毎回とても嬉しそうにしてくれるから、私がやめられなくなったとも言う。

みんな知ってた?刀剣男士のみんなってめっちゃ嬉しいと桜が出るの。
最初は私の目がおかしくなったのかと思ってこんのすけに聞いたんだけど、それは通称【誉桜】だと、そんな当たり前な事を何故今更聞いてるのかと言わんばかりの顔をされた。言われてみれば、いつも出陣から戻って一番好戦績を挙げた人は必ず出てきてた気がする。その他にも今みたいな時も出るみたい。
嬉しくて桜が出るとかかわいいの極み。

「まずは何からすればよろしいですか?」

今まではお味噌汁が沸騰しないように見ててもらったり、魚の焼き具合を見たりと、本当にちょっとしたお手伝いばかりをお願いしてた。でも、今日は今までと違ってちゃんとした料理に近いものをお願いすることにした。しっかり者の前田なら、だし巻き玉子を作ってもらってもそんなに危なくないだろうと判断したからだ。
前田もちょっと物足りなく感じていたのか、そう声をかけたらやけに嬉しそうな返事が返ってきてつい笑ってしまった。

「ちょっと待ってね。あ、フライパンあっためておいて」
「はい」

前田にフライパンを暖めてもらいながら、卵に作っただしと少しの塩を入れて溶く。

「主君、卵を入れるのはいつ頃ですか?」
「卵をこの箸でほんの少しだけフライパンに触らせて、その時においしい音がしたらだよ」
「音が美味しいのですか?」

油を薄く引きながら話すけど、いまいちうまく伝わらないらしい。
私の説明が下手なのもあるけど、人間相手ならある程度これで伝わってたのに、顕現したばかりの刀相手ではそうもいかない。

「お腹がすく音って感じかな?」

溶いた卵を渡しながらそう言ったけど、どうやらそれもピンと来ないらしい。

「食事を用意するのに、それは必要なのですか?」

それもそうだ。前田を始めとしてここに集まる人達は、私以外皆刀。顕現されて人の体を手に入れたとは言え、つい最近まで刀だったんだから生き物特有の感覚なんて全然わからないだろう。

「うーん、必要不可欠ではないけど、不要ではないかなぁ」

こういう感覚的なものって、どうやって説明したらいいんだろう?そういうのも、ここで生活するうちにいずれわかるようになるのかな。

「では、わかるに越したことはないですね」
「でも前田にここを任せる事はたぶんないかなぁ」
「何故ですか?」
「前田は刀だからね」
「主君の命とあらば、炊事を熟すことも吝かではありません」

…うん。まだまだ刀としての意識が強いかな。それに、これからも料理を作るなら心構えも教えていかないといけないね。料理とは技術も必要だけど、なにより作り手の心が大切なものだからね。

「前田、そろそろいいよ」
「はい」

フライパンの具合を確認してから前田が卵を流し込むと、じゅわりと卵とフライパンが鳴いて、だしの時とはまた違ったいい匂いが辺りに広がる。

「良い匂いですね」
「ね」
「これが美味しそうな音ですか?」
「そうそう」
「そう言われてみれば、解るような気がします」

そんな真面目に考えなくても大丈夫なんだけど、前田の事だからいろんな事を考えて吸収して、あっという間に成長していくんだろうなと思ったと同時に、もしも子どもがいたらこんな感じなのかな。なんてうっかり考えついたところで、彼氏いない歴イコール年齢を思い出してへこんだからこれ以上考えるのはやめた。

私はこれからも優雅な独身貴族を謳歌するのだ。

「プクプクしてくるところは、箸でつついて平にしてあげて」
「はい」
「うん、そろそろ向こう側から手前にくるくるってたたもうか。最初は崩れても大丈夫。中に隠れちゃうからね」

慣れない手つきで必死に卵を巻いていく前田がかわいくて仕方ない。
頑張って卵を巻いて空いたスペースに油を引いて、卵を再度流し入れてを繰り返して、ようやく前田作のだし巻き玉子が完成。

「やはり、主君のように上手くはできませんね」

そうは言うけど、前田の作っただし巻き玉子は綺麗な黄金色で、ひいき目抜きにしてもなかなかいい出来だ。

「そんなことないよ。焦げたりしてないしすごくおいしそう」

本人はその出来映えに納得してないみたいだけど、私が人生で初めて作った卵焼きは砂糖を入れすぎて焦がしたのをよく覚えてる。だからこそ、余計に前田のだし巻き玉子が綺麗に見える。

「お気遣いいただき、ありがとうございます」

納得できてないらしい前田を見ながら、おろした大根を焼き魚に添えて前田の作っただし巻き玉子を鎮座させる。

うん、今日もありがちな朝ごはんだ。

「みんなもう揃ってるかな」
「そろそろ時間になるので、既に待っているかもしれないですね」
「それなら早いところ運んじゃおうか」
「はい」

これから少しずつ人口が増えていくだろう未来を思ったら、なんだか無性に楽しみになって笑いながらお膳を二つ持ち上げた。

「主君!無理はなさらないでくださいっ」
「あっはは、これくらい大丈夫だよ」
「ですがっ」

やっぱり前田は少し心配性みたいだ。
前田からしたら少し大きなお膳を両手で抱えて焦ったようについてくるのもかわいいと思うのは、ちょっと意地が悪いかな。

「前田も転ばないようにね」
「主君!」

今日まで資材の都合やみんながケガをしないようにと刀装ばっかり作ってたけど、そろそろ鍛刀もしてみようかな。多少人数が増えても大丈夫なくらい刀装の準備はできたし。

「前田、新人を迎えようか」
「鍛刀なさるのですか?」
「うん」
「そうですか」

次は誰が来てくれるんだろう。また二振り作ったら兄弟で来てくれるのかな。それとも全く別の人がくるのかな。考えるだけでワクワクしてくる。

「次は誰がこの本丸に来るのか、楽しみですね」

前田も楽しみにしてくれてるみたいだし、女吉野、本来なら日課でもある鍛刀作業だけども一丁頑張りますよ。


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