《これは、人は皆永遠の命をもつ、遠い世界でのお話》
◇ ◆ ◇
ある日、赤い実の成る木の下で生まれた少女がいました。その少女は、誰もが永遠の命をもつこの世界で、たったひとり、死の呪いをかけられて生まれたのでした。
少女は色づく街から外れた湖畔の側で、赤い実を使ったお菓子屋を営みながらひとり暮らしていました。
ちょっぴり寒くなったある日。少女は手に甘いお菓子をたくさんつめた籠を持ち、軽い足取りでお菓子屋でもある家の扉を開きました。
「待ってて。今度こそ美味しいんだから」
少女がそう言うように、お菓子屋の売れ行きはあまり良いとは言えません。
「きっと私のお菓子が美味しくないからだわ」
そう思い、少女は日々お菓子作りの腕を磨いていました。
今日はやっと出来た自信作を手に、いつもより少し誇らしげに家を出ました。
少女がやって来たのは時計塔が見える市場。
ここでは食べ物や服、日用品まで探せば大抵のものが手にはいる場所です。
この世界の人達は一所に集まる性質を全く持ち合わせていませんが、他の場所よりも比較的人が集まりやすい場所でした。
「あら、珍しく賑やかね。運がいいわ」
少女がそう思うほど、この日の市場は賑わっていました。子連れの家族や紳士淑女。いつもならこんなに賑やかなことはありません。
そんな賑やかな街の隅で、少女はひとり甘いお菓子を売ります。
「赤い実のパイはどうですか?今日は自信作なの」
そう言う少女を見ては、すぐに目をそらす人達。果ては蔑む人まで現れます。
「そんなのひとつも売れないさ」
そう言って少女を一瞥しては通りすぎていく人ばかり。少女の甘い籠は少しも軽くなりません。
明るい声も愛らしい笑顔も次第に曇り、ついに視線は足元に落ちてしまいました。
「みんなと何も変わらないのに…美味しくできたのに」
少女がどんなに美味しいお菓子を作っても、どんなに明るく元気に声をかけても、少女の声は今日も誰にも届きません。
「まるで透明になったみたいだわ…」
そう思うと、次第に声は出なくなりました。愛らしい笑顔もひっそりと影を潜めてしまいます。腕に下げたお菓子のつまった籠も、ほんの少し地面に近付きました。
そんな少女のことを、街行く人の誰もが知らぬ振りをするのです。はじめからそこに、少女なんて存在していないかのように。
何故なら、少女は呪われているから。
◇ ◆ ◇
少女は、作り上げた自信作を夜なべでアレンジしました。見た目にもよりおいしそうに、包みもかわいらしく。家を出る前に1度、籠を置いて鏡に微笑んでみます。
「私に笑顔がなければ、お菓子も美味しそうにみえないかもしれない」
実のところ、赤い実のパイは1度だって売れたためしがありません。そもそも売れるはずがないのです。赤い実の成る木の下で生まれた、呪われた少女が作った赤い実のお菓子なんて食べたら、自分も同じように呪われてしまうと思っているから。
それでも、愛らしい笑顔を作る少女は諦めません。今日も変わらずお菓子を売りに市場へ出掛けます。
◇ ◆ ◇
市場に着いた頃。時計の針も空を指して、お腹が鳴りはじめるそんな時。
「もしかしたら、今日こそ誰かがもらってくれるかもしれない」
そう思うと、いつもより少し元気な声が出るような気がしました。
「赤い実のパイはどうですか?今までで1番美味しくできたのよ」
ふと後ろから人が少女を押しました。予想もしなかった出来事に、少女の手から甘い籠が落ちました。同時にお菓子も溢れ落ちてしまいます。そんなお菓子を誰ひとりとして拾うことはなく、まるで少女同様、お菓子なんて見えていないかのように平気な顔をして踏み行く人達ばかり。
無視されることも蔑まれることも、悲しいことにいつものことでした。どうしてそんな仕打ちを受けるのかわからない少女は、だからこそお菓子を丁寧に大切に作っていました。
そのお菓子を目の前で踏み砕かれ、少女は言葉を失いました。まるで、お菓子と一緒に心まで踏み砕かれたようでした。
まだ踏まれていないお菓子も、踏まれてしまったお菓子も、ひとりで集めて籠に入れていきます。
そんな時、ふともうひとりの手が少女の視界に入りました。いままでにないことに驚いて、少女はその手をただ見つめました。
その手はお菓子を拾い上げ、踏まれて汚れてしまった包みを開き、お菓子をおもむろに口に入れると1言「おいしいね」と言いました。
その声で、少女は涙しました。
1度も誰とも交わせなかった言葉。誰もに知らぬ振りをされ続けた少女が大切に作り上げたお菓子。たった一言。「おいしいね」その言葉だけで心は溢れました。
「まるで、透明だった私に輪郭を描いたみたいだわ」
静かに涙を流す少女に、少年は手を差し出しました。初めてのことに戸惑う少女を急かすことも蔑むこともなく、ただ手を差し出しています。
初めてのことに戸惑いながらも少年に手を重ねると、少年はふわりと柔らかい笑顔を浮かべました。
誰もが少女を見ようとしないこの世界で、少年だけが少女に優しくありました。
何故なら少女に呪われているから。
少年が赤い実のお菓子を食べたその時を、街の人達は見ていました。知らぬ振りこそしていましたが、ふたりは間違いなくその場にいたのですから。
そして哀れみました。赤い実を食べて呪われた者を。誰もが皆永遠に生きられるこの世界で、唯ふたりだけにかけられた死の呪い。
「嗚呼、なんて可哀想な話」
「永遠に生きられずに死ぬのさ」
そうして街の人達は話しました。ふたりが並んで歩いているのを遠目に眺めながら、取り繕うこともなく密やかに。
もちろんふたりはそれに気付いています。哀れまれていることもわかっています。それでもふたりは笑いました。
「とっても素敵な呪いだと思わない?」
「どうして?」
「例え明日死んでも『今』が確かで大切になるから」
永遠の時間を与えられている街の人達には、とてもわからない感覚でした。
「変わらぬ明日がくるから」そう言って間に合わないことは翌日へ。そうしている内に『今日』という感覚は皆の意識から消失していきました。
呪われたふたりだけが『今』を大切にするから、毎日が輝いていました。『永遠』の命をもつ誰もが知らぬ振りをしました。
何故なら世界が呪われているから。
◇ ◆ ◇
寒さが日増しに強くなるこの頃。呪われたふたりは、あれから一緒にお菓子屋で暮らしていました。森に住むふたりが食料にひどく困ることはほとんどなく、ひとりではなくなった少女が街に出ることは少なくなくなりました。
◇ ◆ ◇
ある日、少女は久し振りに街へ出掛けました。なにか必要なものがあったわけではなく、ただなんとなくふらりとやって来ました。
しかし誰ひとりとして市場にはいません。市場から少し離れて街を歩いても、誰にも会いません。
どうやら皆家から出てこない様です。窓を見ると、忌まわしげな表情をした人がすぐにカーテンを引いてしまいます。よく見ると、家の中から外の様子を見ている人はたくさんいました。
少女は不思議に思いましたが疑問には思いませんでした。遠巻きに見られることも蔑まれることも、少女にとっては当たり前の事だったからです。
少女はしばらく歩いていましたが、ふと気付いたことがありした。見慣れぬものが街のそこかしこに転がっていました。それは家と家の間。それは無人の市場の商品棚の下。
少女の歩みは意識せずに速くなっていきました。生まれてから1度として見たことがなかったものが、そこにあることに気付いてしまったのです。
いつのまにか少女は走っていました。商店の壁の脇に、日の当たらない路地に。動かなくなった小動物。首輪の着いた犬や猫。横たわる人。人。人。意識しないようにすればするほど、それは少女の視界に入ってきました。
「大変なの!」
「どうかしたの?」
少女は勢いよくお菓子屋の扉を開きました。ここの住人以外が扉を開くことはないので、少年は焦ることもなく、ゆっくりと振り返りました。
「街の人達が止まってるの」
「止まってる…?」
「死んじゃったのよ!あの人達が!」
誰も気付かぬうちに『永遠』の呪いは解かれていたのです。
「じゃあ、おれ達と一緒だね」
「え…あ、そっか。そうよね」
生まれながらに『永遠』を約束されていた街の人達は、音もなく突然訪れる『死』に怯えました。逃れられぬ『死』から逃れようとしていました。
「みんなは、突然終わりが来るってことがわからないから、大変だろうね」
「後悔してるのかしら」
「さぁ…」
世界にかけられていた『永遠』の呪いが解かれ、訪れる『死』に怯える街の人達と、予め『死』を約束されていたふたり。比べると、まるでふたりの方が狂ったみたいでした。
ゼンマイが切れたように、突然動きを止める生き物。人々は皆一様に苦し気な表情をしています。
そうして、いつかふたりも『永遠の眠り』につくことでしょう。しかし、ふたりは笑うようにそれを受け入れることでしょう。
何故ならふたりは放たれているから。
《永遠》が死んだ世界で、唯ふたりだけが幸せでした。
「もう、声は届かないのね…まるで透明になったみたいだわ…」
始まりの物語
作:黒髪ストロングP
唄:GUMI
『林檎売りの泡沫少女』
※個人的な解釈となっております。ご了承下さい。