彼女はいつもひとりだった。
教室の隅で独りとかじゃなくて、どちらかと言えばクラスの中心に近いところにいるような人。それなのに、いつもひとりだった。

どうして彼女はひとりなのか。
友達じゃないから理由なんてよくわからないけど、偶然聞こえた話によると、どうやら彼女は呪いが使えるとかなんとか。
…ゲームじゃないんだから。

しかもそれは「3ヶ月割り箸がきれいに割れない呪いをかけられた」とか「コンビニであんまんが買えない呪いをかけられた」とか、そんなくだらないものばかり。他にもいろいろあったけど…忘れた。だっておれには関係ないし。
そもそもそれが呪い何て言えるのかも怪しい。どの話も本人に大きな被害が出るようなものではなく、偶然が重なっただけにも聞こえる。
おれだったら、自分であんまんが買えなくなったらクロ使えばいいし、割り箸だって綺麗に割れなくても使えればいいし…あ、ものすごく短くなったら困るかも。

呪いをかけると言われている張本人は、この話をしていた人と彼女の席で笑ってる。
ほとんど誰とも関わりを持たないおれですら知ってるこの話を、本人が知らないわけがない。

それでも彼女は笑う。

なにも聴こえないふりをして。なにも知らない顔をして。今日も張り付けた笑顔を剥がさない。

おれがこんなことを言えるのは「彼女が呪いをかけることが出来る」なんて噂が広まる前に、少しだけ話したことがあるから。

いつだか忘れたけど、自販機でジュースを買おうと思ってお金を入れてたら、10円足りないことがあった。
そんなことはよくあるし、まぁいいやって思って返金しようと思ったら、買いたかったジュースのボタンが光った。右側にはおれより少し小さい影。

「おいしいよね、それ。なかなか自販機で見ないから、それ見つけたときはここ受けてよかったって心底思ったよ」

きらきらした…なんて言うか、小さい子みたいな無邪気な笑顔でおれの指差すボタンの先を見ていた。パーソナルスペースを明らかに侵された距離感。少し離れると、詰めてくる。たぶん、ジュース買うから。

…まぁ、それが彼女だったわけだけど。

おれはびっくりしたし、なにより全く知らない人だから「あ、そう」なんて返事しかできなくて。ボタンを押して、ジュースをとって、そそくさと自販機から少し離れた所で、初めてお礼をいってないことに気付いた。

「あの…」
「ん?」

彼女は自販機でジュースを買っているところだった。

「これ、ありがとう」
「気にしないで。さっき拾った10円だから」

自販機から出てきたのは、おれが買ったのと同じジュース。

「私よく拾うんだよね。鍵とかストラップとか、お金とか」
「…すごいね」
「お財布はさすがに届けるけど、小銭は届けたところで誰もどうにもできないからね」

確かに、子どもの頃交番に届けてもお巡りさんが「素直な君にはご褒美だ」なんて言って、自分の財布から同じ硬貨を出しておれにくれたことがある。

「だから、持ち主がほとんど確実に出てこない小銭は誰かのために使うようにしてるんだ」
「そう」

それがいいことなのかわるいことなのか。おれにはわからない。

「きっと君は「あ、10円足りない!」なんてことには、もうならないよ」
「そんなのわかんないよ」
「信じるか信じないかは、あなた次第…じゃあね!」

そう言って彼女は走ってその場を離れていった。

おれにしてみれば、よく話した方だと思う。名前も知らない人と話すとか、すごいことした。
それによく考えたら、小銭が足りないってことはあれから1度もない。お金を拾うこともないけど、足りなくて借りることもない。
もしかしたらこれがみんなの言う呪いってやつかも知れないけど、別にだからって困ってないし。むしろ助かってる。

2年になって、吉野さんと同じクラスになったとき、すごく驚いたのを覚えてる。
自販機の前で見た子どもみたいな顔は、どこにもなかった。おれが吉野さんと会わなかった時間は約1年。その間おれは変わらず、彼女は変わって。
彼女の話を聞いたのもこの頃だった。「呪われないように気を付けろ」なんて話しているのが聴こえた。
おれは呪いなんて非科学的なもの信じないし、あったからってどうとも思わない。1番怖いのは、今生きてる人間だって知ってるから。

それでも、おれはきっと。
あの瞬間から彼女に呪われてたんだ。



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