「ここ、落ち着くよね」
ある日の昼休み。噂の彼女に突然話しかけられた。
普段はあまり来ない校舎の裏。そこにある倉庫の隙間。
隙間と言っても小さくなくて、座ってゲームをするのにちょうどいい狭さ。壁と壁の角に座ってる感覚に近い空間。
「たまにここに来たくなるんだよね。いままで他の人に会ったことなかったから、びっくりした」
コミュニケーション能力の高い吉野さんは、極自然に話しかけてきた。一方、コミュ障のおれは携帯から顔をあげもしない。
失礼な奴とか思ってるのかな。それならそれで全く構わないけど、どうせならどっかいってくれないかな。
なんて、おれの方が失礼なことを考えてた。
「なにやってるの?」
「え、」
少し距離があった吉野さんはいつの間にかおれの目の前にいて、しゃがみこんで携帯を覗いていた。
「あ、これ最近出たやつだ」
「うん…知ってるの?」
「事前登録して待ってたんだ。でも育成にハマっちゃうから先に進めなくて」
10年以上昔のアニメをゲーム化したやつ。ネット上の恐竜が戦うようなアニメだったから、これを女子が知ってるとは思わなかった。
「これ、この素材ってどこで出るのかわかんなくて」
そう言ってゲームを開くと、画面を見せてくる。
最終進化に必要な素材は、クエストが進めなくなった場合、曜日別クエストの中でも上位クエストを受けないと入手できない。
「…ここ、座る?」
少しずれてもう1人座れるスペースを作ると、吉野さんは少し迷った素振りを見せて隣に座った。
「クエストの選択画面出して」
「うん」
おれは話ながらゲームを進める。オートなら5分で終わる短いクエスト。手動なら無理に思えるクエストもクリアできる。
「下にイベントって書いてない?」
「ある」
「そこ。曜日クエストがあるでしょ?そこの上位クエストなら、ドロップできる」
「これかぁ。イベント系って書いてあるとさ、1日ゲームやっちゃいそうでずっと見てなったんだよね」
リリースされてもう1週間経つから、検索すれば攻略情報も出てる。
「検索しないの?」
「小さい文字が並んでるのって苦手なんだよね」
「ふーん」
じゃあ…やっぱり国語とか、苦手なのかな。
「白って何曜日?」
「…月曜」
「紫は?」
「土曜」
「じゃあそこまで待たないとかぁ」
音を出すわけにもいかないから、たまの質問に答える以外は無言。車とか、どっかで騒ぐ声が遠く聞こえる。倉庫の隣は職員室になってるから、余計に静かなんだと思う。
まるで、この場所だけ世界から切り離されたような錯覚。
「そーいえばさ、」
突然聴こえた誰かの声に、おれは分かりやすくとび跳ねた。すぐ隣に座る吉野さんがそれに気付かない筈もなく、見ると目があって、音もなく笑ってた。
「次グループ決めじゃん?」
「うん」
窓から外を見ても気付かれない隙間にいるけど、声はやたらはっきり聴こえる。
「どーする?」
「ゆっこ達に声かけといて、アレが声かけてくるより早く決めればよくない?」
「それしかないよねー?」
声的に、おれと同じクラスの女子。どうやら内容は次の時間にあるグループ決めのことらしい。たしか吉野さんとも仲が良かったように思うけど。
ちらりと横を見ると、吉野さんは画面を見ながら苦しそうな顔をしていてびっくりした。
「…苦戦してる?」
吉野さんがそんな表情をする理由を、おれは知らない。
ゲームの事以外で彼女に声をかける術を持たないおれは、そう声をかけるしかなかった。
「大丈夫、順調だよ」
でも違った。
「グループで調べものって、眠くなるよね」
「うん。あんまりサボれないし」
「古文なんて読めなくても問題ないのにね。なんに使うんだろう」
「受験で使う」
「それもそうだ」
いつの間にかあの声は聞こえなくなっていて、またこの場所にはふたりきり。
携帯をタップするほんのわずかな音すら、風の音にかき消される。それくらい静か。
「グループどうするの?」
「うーん、適当になんとかする」
「良かったらだけどさ、グループ組む?」
びっくりした。クラスの中心にいる吉野さんからそんなことを言われるなんて、思ってなかったから。
攻撃の手を止めてもう1度彼女を見ると、やっぱり画面を見たまま。でも表情はここに来たときと変わらない表情に戻ってた。
「ほら、一緒だったら調べものしてるふりしてゲームできるかもだし」
「…バレたら怒られるよ」
「うまくやればいいんだよ」
思っていたより優等生ではなかったらしい。
「おれはいいけど…友達はいいの?」
クリアしたのか、彼女はようやく画面から目を離すと空を見上げた。
「あの子達とは、組まないかな…」
なにを見てるのか、なにが見えてるのか。吉野さんの目は、どこまでも遠いところを見ていた。
きっと、さっきの声は吉野さんとグループを組まないって話だったんだと、おれはようやく気付いた。噂はあるけど、誰とでも仲が良いと思ってたから意外だった。
女子は、なにをするにも友達と一緒なイメージがある。登校するのも下校するのも、部活も。トイレだって一緒に行くイメージ。だから、意外だった。
「たまには普段話さない人とも話したいし」
吉野さんのその言葉は、いつもひとり余るおれに対する同情ではなかったけど、自分に言い聞かせているように聴こえたのは、間違いだと思いたい。
「あ、別に嫌だったらいいからねっ?」
吉野さんは慌てたようにおれを見てそう言うと、また画面に目を落とした。
いきなりこっち見たから、思いっきり目があってまたびっくりした。それと同時に、気付いたことがあった。
目は口ほどにものを言う。
それから、また声は消えた。
時間はもう少しある。1ランク落とせば、オートで3回はできる。
勝手に進む画面から目を離して、吉野さんを見る。手動でやってるらしく、なかなか時間がかかってる。きっとこのクエストが終わったら、教室に戻ることになる。
「…一緒にやる?」
おれの口から出たとは思えない言葉だった。
手元からは無事クエストをクリアしたのか、白いロード画面が強い光を出している。吉野さんは弾かれたようにおれを見た。心底驚いたといった雰囲気。
自分からこうして他人に関わるなんて、初めてだった。いつもひとりでいるおれと、そうじゃない吉野さん。苦手なはずの、クラスの中心にいるような人。
そんな吉野さんに、どうしておれがこんなことを言ったのかわからない。
「…ありがとう」
それでも、この選択はどうやら間違いじゃなかったらしい。
できれば吉野さんには笑っていてほしいと思うよ。