大会が終わって

「すみません、ありがとうございました」


軽い発作だったから、たいして長い時間医務室にいることもなく。とは言っても、それなりの時間をそこで過ごしちゃったわけだけど。

初戦はもうとっくに終わっただろうな。
雨丸はどうなったんだろう。無事勝ち進んで、まだやってるのかなぁ…やっててもやってなくても、試合が終わったら怒られるんだろうなぁ…ちょっとした騒ぎになったし。
誰がとはわからなくても「発作を起こして倒れた人がいた」なんて聞いたら、あの2人ならすぐに私だってわかりそうだもん。
逃げたいけどなにも言わず先に帰っても怒られそうだし…どうせ怒られるならこのままここにいようかな。うん。その方がまだいいや。

途中からギャラリーに戻るのも面倒になったから、体育館の外、入口近くにあるベンチを陣取って試合が終わるのを待った。
日差しは暖かくて、お昼寝にちょうどいい。いくらなんでもこんなところで寝ないけど。


「…あの」
「へ?あ、なんでしょうか…」


寝ないと思ってたのに、うっかり下がっていた頭。ぼんやりした意識を手繰り寄せて顔をあげると、少し傾いた日射しと、どっかで見たことある人。
どこで見たんだろう…


「いや、体調悪いのかと思って…さっき倒れた人がいたって聞いたし」


あ、さっきの北一の人だ。


「いえ。今日は暖かいので、少しぼんやりしてただけです」
「そっスか」


名前までわかんないけど、スパイカーだったはず。セッターの人と言い合ってたし。


「私なら大丈夫なので、どうぞ」


きょとんとして首を傾げるところを見ると、どうやらまったく気付いてないみたい。
北一のみんな、さっさと帰りそうだよ?もう歩いてるし。少しだけ待っててくれたのにね。本当に少しだけ。


「置いていかれちゃいますよ?」
「?…ああ!?」


私の指先を辿り、ようやく気付いたらしい。


「あ、えっと、なんかスンマセンっした!」
「いえ。こちらこそ心配していただいてありがとうございました」
「あの、じゃあ失礼します!」


運動部の人は基本的には礼儀正しい。と、思う。他人や先輩に礼節を持って接するし、チーム競技なら優しさも兼ね備えてる。加えて部活の時の爽やかさ。そりゃモテますよね、運動部。
蛍ちゃんは運動なんてしてなくてもびっくりするほどモテるけどね。忠くんは運動しててもしてなくても蛍ちゃんほど騒がれないけどね。

そんなことを考えながら走ってチームに紛れていく後ろ姿を眺めていたら、ふいに目があった。他の部員は話したりふざけたりしてるのに、1人だけ一番後ろで此方を見ていた。
あの"王様"と呼ばれたセッターだ。

よくわからないけど、会釈してみた。そうしたら同じように会釈が返ってきた。
そのまま"王様"は歩いていったけど、どうしてガン見されてたんだろう?まさか"王様"にまで心配かけたの?
…言葉だけ聞くとちょっと面白い。


「…中、入ろうかな」


日が陰ってきて、本当に少しだけ冷えてきた。うたた寝なんかしちゃったから余計そう感じるんだろう。

そう言えば、待ってると言ってくれたあの人達はまだギャラリーにいるのだろうか?うっかり忘れてた。だからと言って、ギャラリーに戻るかと言われたらもうそんな気分でもない。私はそのまま体育館のロビーにあるベンチに腰を落ち着けた。

ロビーを見ていると、勝った人と負けた人が混在している。見てすぐにわかる人もいるけど、そうじゃない人もいる。それはきっと考え方の違いとか、キモチの違いなんだと思う。
忠くんは、きっと悔しそうにすると思う。蛍ちゃんは…どうするんだろう。昔はクラスメイトとかには内緒にしつつも、それなりに悔しがったりしてた。だけど、今はどうかわかんないなぁ。
そう思ったら、少しだけ寂しくなってしまった。


「いた!ツッキーいたよ!」


聞き慣れた声に顔をあげると、笑顔の忠くんと、不機嫌な蛍ちゃんがいた。


「なんだ、ここにいたの?上にいるのかと思って探しに行っちゃったよ」
「ごめんね。ちょっと外の風に当たってたんだけど、冷えてきたからさっきここに戻ってきたの」
「え!寒くない?大丈夫?!」


勝手にふらふらしたから心配をかけてしまったのだろう。発作の事を知らないのか、あまりにいつも通りの忠くんに笑みがこぼれた。


「大丈夫だよ。ありがとう」


まさかうとうとしてたなんてバレたら、もっと心配かけちゃうんだろうな。


「そんなことより」


冷えたことを心配してジャージをかけてくれようとする忠くんと違って、蛍ちゃんはごまかせなかったみたい。


「初戦の時、女の子が倒れたって聞いたんだけど…知らない?」


一応問いかけてきてはいるけど、形だけなことは見ればわかる。忠くんも思い出したのか静かに見守る体制に入ってる。


「…知ってる」
「あの短時間でいろんな噂があったけど、喘息の発作らしいって噂もあったんだよね」
「そうなんだ」
「いつまでしらばっくれるつもり?」


そんなつもり、毛頭ないよ。
私の答えがわかってるからこそ、蛍ちゃんは口を閉じない。


「アレ、ちぃのことデショ?僕らが分からないとでも思ったの?」
「思ってないよ。ごめんね、心配かけて」
「試合終わって探しに上がってもいないし、医務室にもいなくて、結果あちこち探し回ることになった僕らのことも考えてよね」
「ツッキー…」
「うん」


自惚れじゃなく、蛍ちゃんは私を大切にしてくれてる。もちろん忠くんも。私になにかあれば、2人が必死になってくれることを知ってる。いつだって、私を心配してくれてる。


「でも、ちぃに何もなくてよかったよ!」
「当たり前デショ。発作起こす事を予想して僕と一緒に吸入器の確認までしたんだから」


それを私は探し出せなかったから、近くにいた人に見つけてもらったんだけれど。なんて言ったらもっと怒られるから、言わない。


「ごめんね、いつもありがとう」
「いい加減面倒かけないようにしてよね」
「ちょっとツッキー」


蛍ちゃんが素直じゃないこともよく知ってる。忠くんが素直過ぎることも知ってる。


「ほら、帰るよ」
「学校のみんなと帰らないの?」
「どうして?」
「北一はみんなで帰ってたから」
「他校なんて関係ないよ。来るときも学校のヤツと来てないし」
「そんな感じでいいの?」
「いいんだよ」


そんな2人にただ甘えてるだけだってことも、わかってるんだ。さすがにいつまでもこのままでいていいだなんて思ってないよ。だからね、もうちょっとだけ甘えさせて。


「てゆーか、なんでそんなこと知ってるの?」
「え。さっき見かけたから?」
「ふぅん」


外に出たことは話してるし、見かけたのも間違いじゃない。嘘は言ってない。だから蛍ちゃんが機嫌悪い空気を出しても全然怖くない。

…怖くなんかない。


「あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけどね」
「なに?」
「"王様"って、なに?」
「え」


忘れないうちにと思ったのが、いけなかったのかな。今度は機嫌が悪いなんてものじゃない。気温が下がった、気がする。いつも見下ろされてるけど、それとは全然違う。こんな風に見下されることは今までに一度だってなかった。


「…ちぃは、それを知ってどうしたいの?」
「ゲーム中、聞こえてきたから…」
「へぇ…誰かわからなかったんだ」
「北一のセッターっぽいってことは、なんとなく…」
「それだけわかれば十分デショ」


そう言って蛍ちゃんは私を通りすぎてしまった。正面を見ると少し怯えた忠くんと目があって、なんだか2人して変な顔をしてしまった。


「なにしてるの?」
「え?!」
「わ、ごめんツッキー!」
「なんで慌ててるのかわからないけど、帰るよ」
「うん」


歩き始めた蛍ちゃんの不機嫌は、少しだけよくなったみたい。


「忠くん、蛍ちゃんどうしたのかな」
「誰かが倒れたって聞いたときからずっとだよ。どんな人ともわからなかったのに絶対にちぃだって」


もしもそれが私じゃなかったら、すごく恥ずかしいことになってたんじゃないかな。
倒れたのが私じゃなかったときの蛍ちゃんを想像したら、やっぱり恥ずかしそうにしてて、それなのに「別に、ちぃじゃないならそれでいいし」なんて言ってた。
勝手な想像なのにその蛍ちゃんがあんまりかわいくて、つい笑ってしまった。


「心配してたんだよ」
「うん。ごめんね」


こんなこと考えたなんて、蛍ちゃんに言ったらきっとすごく怒られる。でも、少し照れながら怒るとも思う。


「チョット。君たち、本当に置いていかれたいの?」
「あ、待って」
「ごめんツッキー!」


蛍ちゃんに内緒で、忠くんにだけ話してみようかな。


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