「あーかーあーしー」
いつもより控えめとは言え、静かな空間にその声は響きすぎる。
名前を呼ばれたことにより不本意に視線を集めた俺は、原因である人物に仕方なく視線を投げた。
「図書室なんで静かにしてください」
先輩に対して失礼とは知りながらも、我ながら迷惑である旨を一切隠さない視線だったと思う。
しかし目の前で妙に嬉しそうにしているこの人が、そんなことを気にするわけがない。
「勉強してるの?」
案の定柏手さんは当たり前のように俺の正面へ座り、集まる周囲の視線なんて意に介さず話しかけてきた。
「いえ、ただの読書です」
「へー。あ、赤葦眼鏡だね」
この人はここが図書室だとわかっているんだろうか。いや、わかってるからいつもよりおとなしめに話しかけてくるのか。
「だからなんですか」
「赤葦目ぇ悪いの?」
こうなっては本に集中できるわけがない。俺は諦めて本にしおりを挟んで閉じた。
「それほど悪くないですよ。ただ気になるので授業中にかけるくらいです」
「それってあんまりよくないんじゃないの?視力いくつ?」
「0.7です」
「両目共?」
「はい」
例え俺の目が0.01くらい悪くても、逆に3.0くらいよかったところでいったいこの人になんの関係があるのか。
考えたところでこの人の疑問が尽きるわけがないことも、悲しいことに俺は理解してしまっている。伊達に1年以上付きまとわれてない。
「それどんな風に見えてるの?」
「だから普通ですって」
正直なところ、これくらいなら眼鏡がなくても問題なく見える。よくある一般的な視力だと思ってる。
「私の両目、視力それぞれ2.5あるから赤葦の見え方が想像もできない」
それなのに柏手さんは俺の予想の斜め上を突っ走っていった。
「え、そんなにあるんですか?」
「うん」
「どこの原住民族ですか」
「うーん…マサイ?」
「あんたそれ意外知らないですね?」
「うん」
やっぱり知らなかった。原住民族がマサイだけだと思うなよと言ってやりたい。俺も知らないから思うだけに留めておくけど。
「どうでもいいんですけど少し黙っててください」
「えー」
「ここ図書室なんで。後、なにより邪魔です」
「じゃあどっか別のところ行こうよー」
「俺は本を読みに来たんです。邪魔しないでください」
「私は赤葦といたいの」
…別に嬉しいとかかわいいとか、そんなこと思ってない。気まぐれな柏手さんの気まぐれな発言に振り回されてやるものか。
「ねーねー」
俺は今日、本を読むために図書室に来たんだ。教室だと木兎さんがきてうるさいから、間違えても木兎さんと同類の柏手さんと遭遇することがないようにこうして図書室まできた。
「あかーしー」
正面に居座る柏手さんは、嫌でも視界に入る。
机に顎をのせるな。そのまま見上げてくるな首をかしげるな。
「ねーぇー」
ああもう。
「わかりましたよ」
「本当に!?」
「このままいても迷惑になりますから」
手早く荷物をまとめて本を返す俺の後ろについて歩く柏手さんの小さな謝罪は聞こえないふりをした。
「ごめんね?」
そうしたところで返事がくるまで繰り返される可能性があるから、2回目には返事を返すけど。
「俺だけじゃなく、ここにいる全員の迷惑でしたよ」
「ちゃんと声小さくしてたもん」
「先輩の声よく通るんで、そんなことしても意味ないですよ」
「それはいいことなの?悪いことなの?」
「少なくとも図書室ではとてつもなく悪いことですね」
「ぐぬ…」
まぁ声が通ることは柏手さんが悪いわけじゃないから、それをいつまでも言うつもりはない。それに、俺は柏手さんのそのよく通る声が存外嫌いではないんだ。