私がかけられる唯一の魔法
(これの続き)
条善寺との試合に勝って2回戦。相手は和久南。烏野はみんなで常に勝ちを狙ってるけど、安定した和久南のプレーは烏野にはないものだ。虎視眈々と穴を探されてる感じ。
なんとなくだけど、私の気持ちも乱されるような気がする。コートに立ってる訳じゃないからくだらない錯覚に過ぎないけど。
「あっ」
1セット目。主将と、ちかちゃんを待ってたときに睨んできた坊主頭が接触した。
一瞬、音が消えたような錯覚を起こした。
「え、今のって大丈夫…?」
「わかんない…」
コートだけじゃなくて、客席も騒然とする。
団体スポーツをしていると、大なり小なりなにかしらの接触はよくある。人でも道具でも、接触しないなんてことはない。それが大きな怪我に繋がるかどうかは、わからない。
今回のは、接触と言うよりも衝突…
「烏野の主将、下がるかな?」
主将は倒れたあと、少しの時間をおいて起き上がった。
「脳震盪起こしてたらやべーし下がるべ」
たぶん、怪我が大事ないか確認をとってるんだと思う。なにか顧問の先生が声をかけてる。
タオルを宛がわれるのを見る限り、口を切ってるのかもしれない。血が止まらないと戻れないと思う。明確に切ってしまうとなかなか血が止まりづらいのに、動いてたら余計血は止まらないから。ああ、それとも切った程度じゃないんだろうか。
「烏野大丈夫かや…」
コーチと一緒にコートを離れていく主将は、どんな気持ちだろう。主将がいなくなるって、どんな気持ちだろう。
私はずっとひとりだったから、想像しかできない。
「代わり、誰だと思う?」
「さぁ…あの主将の代わりなんて俺でもやりたくねーよ」
主将はよくボールを拾ってた。あの、1人だけオレンジを着ているちっちゃいのと同じくらい。
「お前レシーブ下手くそだもんな」
「うるせー」
バレーのことはよくわかんないけど、落としたら負けのゲームでボールを落とさないように拾い続けてるくらいだから、うまいんだろうなとは思ってた。近くに座ってる人の話を聞く限り、主将は実際のところかなりうまいらしい。
あの主将の代わりができるとしたら、どんな人なんだろう。覚えてる限りの部員を思い出して、ベンチメンバーの中から考える。
1年は知らないけど、2年ならちかちゃんを含めて3人くらいいたはず。
誰が抜擢されるのか考えてたら、1人コートに向かって行くのが見えた。
6番を背負った黒髪。番号なんて知らなかったけど、見間違える訳がない。あの主将の代わりにコートに立つのはちかちゃんなんだ。
ちかちゃんがコートに足を踏み入れるのをみた瞬間。私は反射的に席を立って、ほとんどの階段を飛び降りて最前列の手すりに飛び付いた。
「ひえっ!?」
誰か驚かせたようだけど、生憎気にしている暇は私にない。前のめりになった体をそのまま反らして、今だかつてないくらい深く深く息を吸う。
おっきい声なんて普段出さない。だけど、肺活量には自信がある。声なんて、息を吸って吐くだけ。
「ちかちゃああああああああああん!!」
一瞬会場が静まり返る。びっくりしてこちらを見るちかちゃんと目が合う。隣には相当驚かせたのか、白目を向く金髪の女の子が視界のはしっこにかろうじて入ってる。更にその奥には、女の子同様に驚いたのか目を丸くしてる人がいるのもわかる。
いつもならこんなことはしない。目立つし、迷惑かけるから。
「ちかちゃんは!ちかちゃんなんだよっ!」
「は!?」
だけど、私は今この瞬間こそ頑張らなくちゃいけない。ちかちゃんの為になにもできない私に、今の私が唯一できること。
「ちかちゃんが見るべきものは!目の前にあるものだけなんだよ!」
こんな言い方したら、ちかちゃんは怒るかな。ちかちゃんがわかってくれたとしても、他の人には主将が怪我したのを関係ないと言ってると取られてしまうかもしれないから。
「他の誰かは関係ない!」
でも知らない他人なんて、それこそどうだっていい。ちかちゃんに伝われば、ちかちゃんの力になれればなんだっていい。
「今!この瞬間は!ちかちゃんがそこに立ってるんだべ!?」
なにがちかちゃんの為になるのかわかんない。わかんないけど、言わなきゃいけない。
「なんも怖くない!大丈夫!だからっ」
勝って、とは言わない。頑張れだって言えない。私は頑張らなかったから。
「楽しめ!!」
あの主将の代わりに入るとなると、プレッシャーも大きかろう。ちゃんとやれるか不安もあるだろう。それでも、この瞬間を楽しんでほしいんだ。
2017/08/19