かつての日のこと

※ねこてん番外編 黒髪遊真の頃



「そういえば、遊真の誕生日だったか」

 有吾さんが唐突に、今思い出したと言わんばかりの声色で呟いた。
 遊真くんは丁度、ヴィッターノくんとイズカちゃんに連れられていったところだ。私は遊真くんの部屋から出ることはないので置いてけぼりになっていた。
 用事があったのだろう、ノックをしてから扉を開けて現れた有吾さん。もぬけのから……いや、猫は一匹いるけれど……の部屋を見て、レプリカもいないことから不在を察したのだろう。そこから導き出されたらしい結論が冒頭の呟きだ。

「ユーゴ……あぁ、やっぱり遅かったか」

 有吾さんの後ろからはライモンドさんの声。遊真くんを探しに来た有吾さんを追いかけてきたらしい。

「うちのが誕生日祝いがどうだの言っていたからな。連れてかれてるんじゃないかと思ったが……」
「そうみたいだな。仕方ない、あとにするか」

 有吾さんは私を一瞥して扉を締める。部屋に残された猫の私。

(――遊真くんの、誕生日!?!)

 日本の暦で七月十八日というのは知っている。が、カルワリアの暦と日本の暦とのあれこれなんてわかるわけもなかったので、降って湧いた情報にあたふたとするばかりだ。
 誕生日といえばお祝い。けれど猫の身で「おめでとう」が言えるわけがない。いや、気持ちとしては言えるのだが、遊真くんには伝わらないわけで、切ない。なら誕生日プレゼント……だなんてもっと無理じゃないか。猫の身でなにがプレゼントできようか。

(……獲物を狩ってくる、とか?)

 猫には狩猟本能もあり、鼠を追いかけるイメージに違わず、虫から小動物まで狩ることのできる生き物だ。なかには狩った獲物を持って帰ってくる子もいるくらいだし。
 最初の頃の遊真くんは、私に獲物を狩る練習をさせようとしていた。だから、私が獲物を狩れるようになったら遊真くんは喜んでくれるかもしれない。自分で自分の餌を狩れるようになれば、生物としては安泰だろう。
 だがしかし。私がそうしたいか、と考えれば答えはノーだ。この手足で、口で、虫やら鳥やらを狩るなんて考えたくもない。

(あと猫にできることと言えば……愛嬌を振りまく?)

 猫といえばかわいい。気まぐれやさんなところはあれど、撫でてと言わんばかりに擦り寄ってきて甘えてくる猫はかわいい。これは間違いない。
 けれど特別感という意味では足りないのだ。だって、足に擦り寄って甘えたり、抱っこしてもらったり、いっぱい撫でてもらったりというのは普段と変わらない。遊真くんの気が向いた時にはめいっぱい愛でられるのが私の仕事なので、それが誕生日のプレゼントというのは物足りないだろう。

(…………万策尽きた……)

 猫にできることはたかが知れている……というのが身に沁みる。愛玩動物として、ここに置いてもらえているのが奇跡のようだ。やはりかわいいは強い。
 一生懸命考えたものの浮かぶものはなく、悩み疲れた私は渋々と遊真くんのベッドで休みつつ、日課の毛づくろいをはじめる。なにかないだろうか。考えながらも毛づくろいを続けて日光浴をして……気づけば日が沈みはじめていた。

(遊真くんの誕生日が終わっちゃう……)

 途方にくれて、沈む夕陽を眺めるだけの私。廊下のほうからコツコツと足音が響いてきていて、そろそろ遊真くんが帰ってくるのだろうと扉へ向き直る。
 予想通り、がちゃりと扉を開いて現れたのは遊真くんだ。伏し目がちの顔にはどことなく照れくささが滲んでいて、もしかしたら散々に祝われた名残かもしれない。うぅ、私もお祝いしたかったなぁ。ともかく。

(おかえり、遊真くん!)

 にゃぁん、と甘えた声になったそれに、遊真くんが顔を上げた。私が出迎えたのを見てふっと笑ってくれて、歩み寄りながらも伸びてきた手にされるがまま撫でてもらう。

「リア、いい子にしてたか?」
(もちろん!)

 にゃん、にゃぁ、と遊真くんの手に擦り寄れば、甘やかしてもらえるのは猫の特権だろう。……と、いけないいけない。今日は遊真くんの誕生日なのに、私がしてもらってばかりなのは駄目じゃないか。
 我に返った私はすっと身を引いてベッドの隅で丸まった。遊真くん、夕飯はもう食べてきたのかな。私のご飯……おっと、してもらうことを考えてしまった。いやでも、お腹は空いてきたし……とぐるぐる考えていると、急にぎしりとベッドが軋む。

「なんだ? 今日は機嫌が悪いのか?」

 なんと、私がそうそうに身を引いたからか、逆に遊真くんがベッドに座りこんできた。距離を詰めたと思えば様子を伺うように私を撫でてくれるので、そういうつもりじゃないよ、のアピールのためにもされるがまま受け入れる。
 そのうち、見かねたのかレプリカがにゅるんと現れた。

『ユーマ、リアに餌をやっていないだろう』
「あぁ、そうか。リアのぶんだけもらってこないとだ」
『急がないと、食堂が閉まるぞ』
「了解。リア、ちょっと待っててくれ」

 そう言って、戻ってきたばかりの遊真くんはすぐに部屋を出て行ってしまった。その背中を見送って――間。

(……開いてるよ、遊真くん……)

 力が足りていなかったのか、閉まりきっていない扉。内扉なもので閉めようと思えば閉められるが……出来心から、頭を差し込みながら扉を開き、外を伺う。

(……廊下……)

 一縷の望みをかけてみたものの、なんの変哲もない廊下だ。遊真くんへのお土産にできそうなものがあるわけでもなく、かといって探しに行くのもどうか。遊真くんの部屋でしか過ごしていない私が、ここから出ていったとして無事に戻ってこれるのか? 犬じゃなくても帰巣本能ってあるのかな……自信がないや。
 私はおずおずと引き下がり、今度は室内を見渡す。見慣れた遊真くんの部屋、プレゼントになるようなものがあるわけもなく……。いや、探す前から諦めてどうする。探しているうちにアイディアも浮かぶかもしれないし、私は渋々と部屋の隅から隅までを歩き回る。
 そうして隣の部屋をうろうろとしているうち、いつもより早足の靴音が響いてきた。

「おい、リア、いるか?」

 慌てたような遊真くんの声に、何事かと急ぎ足でいつもの部屋に戻る。どうしたの、の問いがにゃぁ〜と響けば、気づいた遊真くんは私を見下ろして――ほっとしたように、笑ったのだ。

「なんだ、まだいたのか」

 まるで『出て行かなかったのか』とでも言いたげな口ぶりだ。それが遊真くんの本音かはわからないけれど、さっきの焦ったような遊真くんの声色と、今の安堵したかのような微笑みを見れば……案外そうでもないのかも、なんて。
 結局そのまま餌をもらって、いつもどおりの一日の終わりがやってきた。寝間着に着替えて、後片付けをして、あとは明かりを消したら眠るだけ。月明かりを頼りにベッドにやってきた遊真くんは、そのまま寝るかと思ったのだが――

「なぁ、リア」

 呼ばれて、なんだろうとベッドサイドへ歩み寄る。すると遊真くんは枕元をぽんぽんと叩くので、ぽすりと足を下ろせば、遊真くんは満足気に布団に入った。横になりながら、二度、三度と私の身体を撫でつけて遊真くんは呟く。

「おまえ、帰るときはちゃんと声かけろよ」

 遊真くんはきっと、猫がそんなことをするなんて思っていないだろう。それでも、そう声をかけてくれる遊真くんの気持ちが嬉しくて、私は(わかったよ)と鳴く。満足気に瞼を下ろして寝る体勢になった遊真くんを見届け、私はベッドサイドに戻らずその場で丸まって目を閉じる。
 誕生日のプレゼントはあげられなかったから、代わりにその約束は守ることにするね。まぁでも、遊真くんと離れてどこかに行くなんて考えてもいないし、そんな時は来ないだろうけど。
 月明かりとレプリカが見守るなか、誕生日が終わるその時まで、私は遊真くんに寄り添って微睡むのでした。

かつての日のこと

(Happy Birthday 空閑遊真!)(2023/07/18)



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