…って…
どうして…の?
……ええ、そんな…!
もはや聞き慣れてしまった不思議な声が聞こえてくる。
確か眩暈が起きて、意識が飛んだのだが…何だか体が浮いているような感覚がするのは気のせいだろうか?
重たい瞼を開いてみるとそこは何と、パステルカラーで包まれているではないか。
おかしいな、私は雪景色の所にいたはずなのに。
まだはっきりしない頭と眼で上半身だけを起こしてみると何者かが視界にぼやけて映った。
「わっ、起きるの早い」
「…どちら様でしょう」
「……さ」
「? ごめんなさい、ちょっと聞き取れなくて」
「今のは大して重要な事でもないからいいよ。君に伝えたい事があって、一時的にここに来てもらってるんだ」
「はぁ」
「君が魔法を使える事をきちんと教えておいてあげなきゃね」
魔法を使える
聞き覚えのある言葉だった。今目の前にいる白い顔の人が今まで私に語り掛けていたのだろうか。
まだ視界ははっきりしない、頭もぼーっとしていて顔を認識出来なかった。
この感覚はやっぱり夢に違いない。脳って凄いなぁ、幻聴さえも夢の中に登場させてしまうなんて。
目の前の人は何か小さな棒状の物を握った。
見覚えのある色形をしていて…まさか、これはトリエルに貰った万年筆?いやそんなはずない、きっと類似品か何かなのだろう。
「見てて」
白い顔の人が空間に向かって棒を握った手を動かし始めた。まるで何かを描いているように見える。
動いていた手が止まると、空間からぐぐっ…と立体的な物が生まれていく。
何これ…犬?空間から生まれた動く茶色い物が私の足に擦り寄っているではないか。犬の割には暖かさが無くて、確かにそこにいるはずなのに何故か"無"に触れられているように感じた。
「今のが君の使える魔法。すごいでしょう!」
「えっと…よく分からなかったです」
「あれ?エマなら分かると思ったんだけどなぁ…簡単に言うとね、君が貰ったこの万年筆で描いた物を実体化させることが出来るんだ」
「…私の万年筆!?か、返してっ!」
「わわわっ、大丈夫だよ!説明が終わったらちゃんと返すから!」
万年筆を盗まれたと思い必死に手を伸ばすも回避される。
目の前の人は私の両肩に触れて、どうどうと宥めた。本当に返してくれるのかな。
「今みたいに空間に空描きしても実体化するけど、紙に描くとより実体に近くなる。感触、温度、それから宿る物・・・どう使うかは君次第。面白いよね?」
「…やってみても?」
「わぁっ、エマが初めて魔法を使う所を見れるなんて嬉しいな!はい、どうぞ!」
手元に戻って来た万年筆をぎゅっと握りしめて、半信半疑で空間に適当な物を描く。
空間に描いているのに、私の前には描く度に線が現れて何を描いているのかが見える。最後に仕上げて筆先をその場から離すと、段々描いた物が立体的になっていくではないか。
本当に私がこんな魔法を?
にわかには信じがたくて、もう一度丸だけを描いた。それもボールになって、白い顔の人の前まで転がって行く。
「すごいすごい、上手だね。これなら僕も安心出来るよ」
「…貴方は何者なんでしょう。今までもずっと私に語り掛けてましたよね」
「僕?僕はそうだなぁ、君に一番近い存在で、君の一番の理解者かな」
「何処かでお会いしたことありましたっけ」
「いつかきっと思い出してくれるって信じてるよ。 そうだ!エマに一つ、プレゼントをあげる」
白い顔の人は私の胸辺りに手を翳す。
翳された手がグレーの優しい光を放っている。その光はまるで私の中へと消えて行くようだ。
その瞬間、ぶわっと私の中で何かが溢れ出す。どうしたのだろう。ぼろぼろと涙が零れて止まらない。
そんな私を見た白い顔の人は、ぎょっとして私の涙を拭った。
「悲しかったの?ごめんね、気付いてあげられなくて」
「いえ、あの、何だか急に泣きたくなって…すいません、大丈夫ですから」
「君に渡しそびれていた僕の責任だ。だから謝らないで」
「…よく分かりません」
「うん。これで君もより……らしく在る事が出来るんだ。だから安心して、大丈夫だからね」
話がちぐはぐで全く噛み合っていないのに、何故だか安心する。
ぎゅっと、抱きしめられて背中を擦られている。この人が私と同じように人間なら体温があるはずなのに、全くそれを感じられなかった。
やっぱり夢なんだろうなぁ。早く覚めてほしい。