10

ふと目を覚ますのもこれで何回目だったか。
あの長い不思議な夢を見て……違う、その前に私は意識を失って倒れたのだ。
よく見ると体にはふわふわの布団が掛けられていて、ベッドの上に横になっていた。ここはどこだろう?辺りを見回すも、見慣れない空間で不安に駆られる。
上半身を起こすと、少しくらくらして視界が一瞬歪んだ。こんなに私は病弱だったろうか、これでも今まで一度も仕事を休んだことが無いのに。
ベッドから下りて足を踏み出そうとしたが、足取りが覚束なくて転んでしまった。膝を打って鈍い痛みに襲われる。もう何なの、今日は最悪な日だ…さすさすと膝を撫でていたら、部屋の扉が開いた。


「あっ」

「パピルスさん?」

「転んじゃったのか!?まだ寝ててもいいよ、無理はしちゃ駄目だからね!」

「だ、大丈夫ですよ。ここはどこでしょう?」

「ここはオレ様の部屋だよ」

「もしかして運んでくださったんですか?」

「うん。吃驚したぞ…いきなり倒れたと思ったら雪の中に消えていって、ちょっとしたらまた同じ所に戻って来たの。ライターさんも魔法が使えるんだな!」


雪の中に消えていってまた同じ所に戻った?言っていることが全く分からない。
まさかあの夢は夢ではなく、現実の出来事だったというのか。パピルスさんの言うことが本当だとしたら、あの万年筆で…

近くに置かれていた自分のバッグに手を伸ばして、ペンケースから万年筆を取り出す。
突然ドタバタとしだした私を見て首を傾げるパピルスさんを尻目に、夢の中と同じ様に空間にさっと丸だけを描くと、立体的な白いボールになった。そのボールはころころとパピルスさんの足元まで転がっていく。


「本当に、使えるようになってる…」

「すごい!ライターさんがこんな素敵な魔法も使えちゃうなんて!!」

「私自身も驚いてるんです、人間なのに魔法を…」

「へ?ニンゲン?」


うっかり口が滑ってしまって、はっとした。
素早く手で口元を押さえるも時既に遅し、パピルスさんがじっと私の顔を覗き込んで観察し始めた。私の周りを見えてるのかってぐらいのスピードで、ぐるぐると回る。
再び私の前に立ち止まって、首を大きく傾げて腕を組むパピルスさん。そして難しい顔で口を開く。


「むむ…ライターさんはニンゲンなの?」

「えぇっと、ニンゲンっていう種類のライターで……」

「ええっ、そんな種類があるのか!?オレ様初めて聞いたぞ!」

「あ、あーっと…すいません、今のは忘れてください。私、人間なんです」


これ以上聞き苦しい嘘を貫き通すのはとても気が引けたので、大人しく自白した。
開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ぽかんとするパピルスさん。そりゃそうだ、故意ではないが隠していた真実。しかも本物の人間を見たことがないとなれば、この反応にもなるだろう。

お互い何も言葉を交わさずに数十秒 静まり返った部屋の中、あまりの気まずさに思わず俯く私。
その途端、私の両肩をがっちりと掴まれた。
驚いて前を向くと、きらきらとした目で私の顔を真っ直ぐ見つめるパピルスさんの顔があった。


「本当にニンゲンなの!?」

「は、はい」

「なんてこった!オレ様は意図せずにニンゲンを捕らえていたのか!!」

「とら…え?」

「そうと決まれば、ここはキサマの居るべき場所ではない!こっちへ来るんだ!」

「えっ、えええ?」


突然パピルスさんの肩に米俵のように担がれ、部屋から連れ出された。


***


ぽつんと一人、蔵のような小さな建物に閉じ込められた。
周りには犬のベッドみたいな物と犬が食べるドライフード、それから音の鳴るおもちゃが置いてある。私は犬扱いなの?
人間だとバレてしまった以上、この事態も想定…してない。だって目の前の恐らく牢屋としてあるはずの柵は、しゃがめばすんなりと通り抜けられる幅になっていて、いつでも逃げることが出来そうなのだから。

ふとドライフードの近くにあったメモのような物が目に付いたので、手に取ってみる。走り書きなのかちょっと読みづらいが何とか解読すると、これはパピルスさんから私への置き手紙であることが分かった。
内容は要約するとこう書かれている。

・アンダインという人がもうすぐここへやって来る
・それまではおやつを食べたり昼寝したりして寛いで待っていろ

それだけだがパピルスさんのあの反応からすると、私は人間の捕虜という扱いで間違いないはず。
もしかしたら最悪の事態も起き兼ねないだろう。
覚悟を決めていたとは言え、こんなにどうぞお逃げくださいと主張されているのなら遠慮なくそうしたい。
決心してベッドの横に置いてあった自分のショルダーバッグを肩に掛ける。柵を通り抜け、奇跡的に鍵も掛かっていなかった扉を静かに開いて外に出た。

小屋の外へ出たのはいいものの、見たことの無い景色が広がっている。
右手を見ればまるで町のようで左手を見れば先がよく見えない。どちらにせよ運悪くパピルスさんに遭遇してしまえば、私はまたあそこに閉じ込められるかもしれない。
取り敢えずざぁっ…と川の流れるような音がする左手の方へ足を運んでみることにした。