W・M

人間がぼーっとしている。
ベッドの上、焦点の合わない目で虚無な空間を、ただじっと見ている。
今日はサンズに人間の服を洗濯するよう言われたので、人間が元々着ていた服を回収しに来たのだが。
俺が部屋に入って来たことにさえ気付いていないようだ。
一歩、足を部屋に踏み入れたらきし、っと床の軋む音が立った。
それに気付いた人間は、くるりとこちらを振り返る。目が死んでいる。
理由?ああ、あれじゃないのか。大方、この前のサンズだろう。
そうでも無ければ、こいつは虐待されようが何をされようが、けろっとしているから。


「ドギーくん。いつからそこに?」
「・・・今だよ。」


別に人間の気持ちに共感するわけでもない。しかし、段々哀れに思えてきたのだ。
口答えしなければサンズが気を悪くすることも無い、言う通りにしていればそれ以上に酷くされる事もない。
分かっている故に、人間は何もしない。何もしていないのに。
この前の一件が発端と言わんばかりに、ぼろぼろと磨り減ってゆく精神と苦痛が人間に重くのし掛かったのだろう。
帰る場所さえ分かれば逃げ出すのか、それとも分かっているのに出来ないのか。


「服、いい・・・?」
「服?」
「ロードが、その、洗濯しろって、」
「ああ、そうなのね。全部?それとも・・・、下着は洗わない?」
「えっと・・・全部かな・・・。」


人間はあっさりOK,と軽く承諾すると、俺の持っていたワインレッドのセーターに手を伸ばして、着ている服の上から被った。
腕をすっぽり、セーターの中に収めてもぞもぞと動く。
裾の方から下着が・・・見えてきて・・・


「あ、ああっ・・・お、俺、部屋の外で待ってるからっ、終わったら、よ、呼んで・・・。」
「? 分かった、すぐ終わらせるね。」


何だあれは、心臓に悪い。
いくら種族が違えども、雄雌の事情という物があるだろう。
気にしない質なのか・・・そうなるとサンズと同じじゃないか。
変に冷や汗が垂れてくる額を拭い、部屋の扉の前で声が聞こえてくるのを待つ。
終わったよーと変わらぬ調子で俺を呼んだ人間の姿は、俺のセーターだけを身に付けて、下からは容赦なく白い足が伸びている。
・・・何だ、本当に何だ?奇しく、気まずさを感じて、ぱっぱと人間の手から衣類を取り去った。


***


部屋のドアを開けたまま、私の服を持って行ったドギーくん。
リビングの方に誰もいないのか、すーすーと冷たい風がこちらの部屋まで入って来て少し寒い。
自分の動ける範囲で手を伸ばして、どうにかドアノブに届かないかと試みてみる。


「あ」
「何してんの。」


入口に、腕を組み仁王立ちする赤色
四足歩行で這い蹲る様にしていた私を、上から見下げるロードが立っていた。
多分傍から見れば、今の自分はなかなかの奇行に見えるだろうな。
見下げる彼は、骨のはずなのに眉間に皺を寄せる。


「・・・ああ、洗濯中か。」
「え?あ、うん。ドギーくんが持って行ってくれたの。」
「やっとアンタのきったない姿を見なくて済むなんて、本当に清々するわ。清潔にしてやるんだから、感謝してよね。」
「はは・・・気遣ってくれてありがとう、ロード。」
「で、何でアンタは下に何も履いてないワケ?」
「ドギーくんがこれだけ貸してくれたから。でもほら、長いからいいかなって。」
「ふぅん・・・見えてるけど。」
「へっ!?」


慌ててばっと、勢い良く自分の下半身を確認する。が、別に大事な所は見えていなかった。
ロードの方へ顔を向けると、口角を上げているではないか。・・・からかわれた?
ミャハハッ、と嘲笑うようにした彼は、くるりと体の向きを反転させた。


「気を付けな。アンタ、無防備にも程がありすぎて、どこぞの馬の骨に犯されかねないかもね。」
「おっ・・・でも私、ここから動いてないし。ロードとドギーくん以外に会った事も無いわ。」
「じゃあ駄犬を気にしとけば?アイツにそんな気があるかどうかなんて、ボクには関係無いしどーでもいいけどさ。」
「・・・ドギーくんは、そんな事・・・」
「言い切れないかもしれないじゃん。ま、アンタも少しは警戒するって事を覚えときなさい。」


ばたん、とドアが閉まって、部屋の中には一気に沈黙が訪れる。少し遠くから、いつものように小さくヒールの音が聞こえるだけ。
ドギーくん、か。そうだ、この前に・・・ううん、約束したの。
彼はこの約束を破ったりなんかしない。私も彼を疑う事はしない。
現に今、ドギーくんが私の服を洗ってくれているし、この服を着た時だって別段何かあった訳でも無い。

大丈夫、大丈夫だから。
そう頭で考えるのに、ロードの言葉が気に掛かって。
少しだけ、ドギーくんを怖いと思ってしまった。



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(2018/01/28)