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以下、礼文 log


(進撃/ユミル)


ありがとう、
そう言ってこちらを見上げるクリスタの瞳は、私の目から見ても文句なしに美しい。
そこに私がはっきりと映り込んでいることに達成感を覚えながら「いいよ、これくらい」と言って薄く笑うと、そんな私とクリスタの間を裂くように1本の腕がぬっと現れた。

「おいお前、またクリスタに手ぇ出してんのか?」

ユミルはそのまま私とクリスタの間に女にしては上背のある体をねじ込んで、クリスタを自身の体の影に隠してしまう。ユミルの背後でクリスタが声を上げ、彼女は自分の落とした教本を拾っただけで別にユミルに咎められる謂れは全くないのだということを懸命に伝えたが、ユミルはそれを無視して私に威圧的な視線を送り続けた。私はそれを張りつけたような薄い笑みで正面から受け止める。

「そうそう。クリスタの言う通りなんだから、そんなに睨まないでほしいなあ」

わざと少しだけねちっこく伸ばした語尾にユミルは敏感に反応した。
もともと上がり気味の眉を更に持ち上げて、そばかすの散った顔をこちらに近付ける。

「お前、なに企んでんだ?」

私の耳元で囁かれた低い声が私の鼓膜を揺らす。隠さない険を含んだその声は、しかし場違いに甘い響きでもって私の脳に伝わった。
ユミルの背後でクリスタが「なにも企んでるわけないよ、もうやめてよユミル」と小鳥の様に騒いでいる。私はその可愛らしい声を聞きながら、心の中でクリスタに謝った。残念ながら、ユミルの危惧は当たっているのだ。

「そう、クリスタの言う通りよ。私はただ仲良くなりたいだけなんだから」

クリスタじゃなくあなたと、ね。その言葉だけはぐっと飲み込んで、私はユミルの顔をそっと見つめた。意志の強い光を宿すその瞳に、今は私だけがはっきりと映っている。

クリスタにちょっかいをかけていれば、絶対にあなたが現れる。
こうして意味深長なことを言えば、警戒心の強いあなたは嫌でも私のことを意識してしまう。
いつか私が先に死んでも、あいつのあれは何だったんだろうってユミルの心にずっと私が残り続ける。

もしも私たちが兵士でなければ、私は素直にユミルと仲良くなりたいのと口にできたのかもしれない。いつ死ぬとも知れない身で私は、それを彼女にうまく伝えることができなかった。親しいものを失う悲しみは、子供ながらにウォールマリアの悲劇を乗り越えてきた私たちが一番よく知っているからだ。
ユミルをよく見てきたから、私はわかる。彼女はひたすら傍若無人なように見えて、一度大切にすると決めた人のことはとことん大切にする質だ。私と彼女がそんな仲になれるかはわからないけれど、でも。私が死んだ後だとしても彼女にはもう少しも悲しんでほしくないのだ。

私はこちらに鋭い視線を向けるユミルから距離をとるように数歩下がりながら、わざと自分の教本を落とした。
ばさ、と派手な音をたてて落ちたそれに、私とユミル、クリスタの視線が集まる。

人のいいクリスタはすぐに教本を拾おうとしたが、それを素早い動きでユミルが制した。そして私のことを警戒するように見つめながら膝を折ると、長い指で教本を拾い上げる。やや乱暴にホコリを払って、それを私の方に無言で差し出してくれた。

「ありがとう、ユミル」

なるべく心を込めないように苦心して淡白な調子で礼を述べる。ユミルはそんな私に何か言いたそうに唇を開きかけ、しかしすぐに言葉を飲み込んで踵を返した。そして愛しのクリスタの背を押しながら「もう行こうぜ」と私に背を向ける。

そう、これでいいのだ。
私は彼女の髪が――出会ったと時よりもだいぶ長くなったその毛先が気ままに左右に揺れるのを見ながら、彼女が拾ってくれた教本をそっと胸に抱いた。




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