会話の断片から察するに、どうやら来週の火曜日に、あの青葉城西と練習試合があるらしい。
そのスタメンを決めるために店の飲食スペースで話し合いをしていた三人の後輩たちが帰ってから、烏養繋心は客のいなくなった店内をぼんやりと眺めながら煙草に火をつけた。

青葉城西といえば、確か最近、白鳥沢に迫る活躍を見せている高校だ。高校を卒業して宮城の高校バレー事情にすっかり疎くなっている自覚のある烏養であるが、その耳にも噂が届いているということは、つまり、青葉城西はそれほどの強豪校ということだ。
烏養は煙を吐き出しながら考える。今の烏野には、はたして青葉城西と互角に戦える力があるのだろうか。さっきの会議もそうだ。三人のうちの一人、目つきの悪い新顔の男は、その口ぶりから一年坊主らしいことが窺えた。よほど有望な一年なのだろうか。それとも入部したての一年に頼らざるをえないほど、烏野高校排球部は切迫しているのだろうか。

OBになって久しい自分があれこれ思い悩むようなことではない。烏養は頭ではそう思っていながら、しかし彼らのことを思考から完全に消してしまうこともまたできないでいた。
そのどうしようもない、じれったい気持ちをかき消すように煙を肺に取り込んでは、吐き出す。

それを数回繰り返したところで、彼はふと、名前が棚の間からこちらを見つめていることに気付いた。
商品棚を掃除するためのはたきを手に持ったまま、ぼさっとした表情で固まっていた彼女は、烏養と目が合った瞬間ぴくりと、まるで肉食獣に見つかった小動物のように肩を震わせた。そして、さぼっていたことをごまかすように笑うと、そのまま何事もなかったかのように視線を棚に戻してはたきをかけ始めた。

「おい、さぼってんじゃねーぞ」

ぱたぱたとよそよそしい音をたてて掃除を再開した名前に、一応釘を刺しておく。すると彼女はへらっと笑って「うん、ごめん」と素直に謝り、今度はさぼることなくまじめに掃除を続けた。

それを確認した烏養は、やれやれと言うように小さくため息をつく。それからカウンターに肘をついて、視線を右手の方に流した。
短くなった煙草の先から、ゆるゆるとのぼる煙。それを見るともなく見ながら、彼はまた後輩たちのことを考えていたのだが。

「……ケイちゃん、バレー部勝てるといいね」

ふいに、彼女の呟くような声が、烏養の鼓膜を揺らした。
まるで自分の思考を見透かされているような錯覚を覚えた烏養は、思わず顔を上げて彼女の方を見遣る。

視線の先の彼女は、いつものように笑っていた。
彼女はそのまま目をきゅっと細めると、「ね」と同意を求めるように小首を傾げてみせる。静かな坂ノ下商店に、肩にかかっていた彼女の髪がさらさらとこぼれるか細い音が響く。

烏養がそれに気をとられたのは一瞬だった。彼はすぐに意識を手元に引き戻すと、眉間に皺を寄せて、「だから、その呼び方やめろって言ってるだろ」とやや厳しめの口調で注意をする。
バレー部の話題には、あえて触れなかった。いや、触れられなかったといった方が正しいかもしれない。つまりこの時の烏養は、ケイちゃんと言ったことを咎められて少しすねたような表情をするこの少女の、昔から見慣れたあの笑みが、自分の知らないなにかを秘めたものにかわりつつあるのだということを、うまく認めることができなかったのである。

名前はまだまだ子供だ。だから自分が烏野高校排球部の後輩のことを考えていたことなんて、わかっているはずがないのだ。

「店ではちゃんと苗字で呼べよ」
「はーい、わかりました、烏養さん」

やや冗談めかして、しかし不思議と嫌味は感じられない口調でそう言った彼女は、そのままリズミカルにはたきを動かしながら棚の向こうへ消えてゆく。烏養は彼女の姿が完全に見えなくなってから、すっかり短くなっていた煙草を灰皿に押し付けた。




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