烏野高校排球部、と書かれた黒いジャージ。昨日の3vs3の練習試合の後にもらったばかりのそれを自慢げに着て、日向翔陽は自転車をこいでいた。
学校に続く長い坂道も、憧れのジャージを着ているせいか全く苦ではない。今日の練習をきっちりこなして、火曜の練習試合ではたくさんスパイクを決めてみせる。そんな未来を思い描きながら、立ちこぎの要領でぐいぐいペダルを踏み込んでいると。

昨日先輩に肉まんをおごってもらったお店の前に、ひとりの女の子の姿があった。鳥の子色のエプロンをつけ、さっさっとリズムよくホウキを動かす、自分と同じ年頃の女の子。
あの子、誰だろう。日向が彼女に対して少しの興味を抱いた瞬間、それを見計らったかのように彼女の視線が持ち上がり、くりっとした瞳が日向のことを捉えた。

彼女が「おはようございます!」と元気よく挨拶をして、にこりと笑う。日向がほとんど反射的に体育会系らしい挨拶を返すと、日向のジャージに書かれた文字に気付いたらしい彼女が「あ、バレー部なんだ!」と目を輝かせて言った。

「練習がんばってくださいね」

日向がなんとなく抱いた彼女に対する少しの興味は、自分がバレー部だと気付いて、がんばれと言ってくれたことで、一気に大きく膨れあがった。日向は自転車から降りると、まずはがんばれと言ってくれたことに対する礼を述べてから、「おれ、日向翔陽!」と勢いよく自己紹介をする。

「私は坂ノ下名前です」

坂ノ下、という名前に聞き覚えがあった日向が小さくそれを復唱すると、彼女はこの店の名前が坂ノ下商店であることと、自分がその親族であることを教えてくれた。
昨日肉まんをおごってもらった時に澤村が「じゃ、坂ノ下行くか」と言っていたことを思いだした日向は、店の看板を見上げながら「へえ」と頷く。

「じゃあ、坂ノ下さんは店の手伝いしてるんだ」

えらいなー、と感心したように言うと、彼女は照れくさそうに笑う。日向はそんな彼女に、矢継ぎ早に質問を投げかけた。

「坂ノ下さん、高校生?」
「うん、私も烏野なんです」
「そーなんだ! 何年? おれ一年」
「私も一年!」

同じ高校の同じ一年生だということがわかって一気に打ち解けたふたりは、社交的な性格も相まって、まるで旧知の友のように言葉を交わしてゆく。

「日向くん、何組なの?」
「日向でいいよ!」
「そう? じゃあ私も名前って呼んで」
「わかった! おれ一組なんだ」
「私は四組」
「進学クラスじゃん、すげー! あ、四組って、もしかしてあいつらのクラス?」
「あいつら……あ、山口くんのこと?」
「そうそう! あともう一人、月島っていうむかつくノッポが……」
「へえ、月島くんもバレー部なんだ」
「おれさ、昨日の練習試合で、あのふたりに勝った!」
「ほんと!? あのふたりあんなに大きいのに? 日向すごいね!」

彼女のその素直な感想は、日向の感情を大きく揺さぶった。今までは、その身長でバレー? と不思議な顔をされることが多かった。しかし彼女はそんなこと少しも口にしなかっただけでなく、自分よりも大きな選手に勝ったことを、すごいね、と言って笑ってくれたのだ。
日向はそれが、言いようもなく嬉しかった。できるなら、これからも彼女にバレーの話をしたいと思った。

「名前、おれ、またバレーの話しに来たい」

彼の力強い言葉とまっすぐな眼差しは、時に相手を威圧する。しかし天真爛漫な性格をした彼女は、それに身構えるようなことはなかった。「うん、」と大きく頷くと、「坂ノ下で待ってるから、いつでも来て」と言って、にこりと鮮やかに笑う。

どうせバレーの話をするなら、勝った話がしたい。勝つためには、練習だ。そう思った日向は、「よっしゃー!」と気合を入れると、自転車を押して一気に坂を駆け上がった。
そんな彼の背中を押すように、名前の「日向ー! がんばってねー!」という声が彼を追いかけてくる。日向は「おう!」と勢いよく返事をしながら、体育館を目指して走った。




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