国見くんの素敵なところなら、いくらでも挙げられる。
彫刻のように綺麗な顔立ち、さらさらの髪の毛、すらりとした体。いつも眠たそうでぼうっとしているように見えるけれど、実は冷静に周りを見ている策略家で、彼の行動は常にスマート。それに、彼は優しいのだ。とても。
私が彼の素敵なところを探して国見くんのことをぼんやり見つめていると、今まで所在なげに床の一点に落とされていた視線がすっと持ち上がって、私のことを真っ直ぐに捉えた。
あ、国見くんの瞳は、静かな夜空みたいな綺麗な黒なんだな。彼の素敵なところをまたひとつ見つけた私は、それを忘れないように記憶の小箱にしまう。
私が何を考えているかなんて知る由もない国見くんは、私の方を見ながら言った。
「なんでずっと俺の方見てるの?」
あなたのことが好きなので、素敵なところをたくさん見付けようと思って見つめていました。なんて当然言えるはずもなく、私はなるべく自然な笑みを浮かべて「だって、その、他に見るものもないしさ」と返した。
事実、そうだった。ここは、保健室。ベッドに横たわる私の視界は、無機質な白い天井と、それから私のベッドを囲むように引かれた白いカーテンで区切られてしまっている。そんななんの変化もない真っ白な世界の中に人がいたら、その人のことを好きか好きでないかに関わらず、ついつい凝視してしまわない?
国見くんは私の理屈に納得していないのか、「ふーん」と言いながら少し首を傾げるような仕草を見せたが(余談だけど、その首の角度もめちゃくちゃ美しかった)、この話題にもともと大した興味もなかったのか、すぐに視線を逸らしてまた床のどこか一点に落としてしまった。
沈黙が戻ってくる。私たち以外誰もいない保健室はとても静かだ。もしもなにかのきっかけで私の心臓が早鐘のように鳴りだしたら、きっとその音は国見くんに聞こえてしまうだろう。
美人でもなければ頭がいいわけでもない、どこまでも普通な私なんかが国見くんに想いを寄せているだけでもかなりおこがましいのに、それが相手に伝わってしまうなんて、あってはならないことだと思う。私は心臓が暴れ出さないように細心の注意を払いながら、国見くんのことを見つめ続けた。私のこの恋は、たぶん、絶対、叶うことはない。だったら誰にも知られないように心の奥底にしまったまま、この奇跡みたいな時間を精一杯過ごそう。
――そう、本当に奇跡みたいだと思う。
事の発端は、ついさっき、体育の時間。男女で体育館を半分こにしてバレーボールをしていたとき、男子の方から軌道をそれたスパイクが私めがけて飛んできた。私はボールを躱すことには成功したが、その時にバランスを失って転んで、足をくじいてしまったのだ。
そんな私を保健室まで連れて来てくれたのが、国見くんだった。どうして彼が名乗りを上げてくれたのか。それは簡単なことだ。保健室に行けば、体育の授業をさぼることが出来るから。「保健室付き添ってきます」と気のない声で言った国見くんに、合同で体育をやっている5組のなんだか全体的に長い男子が「お前、さぼるのほんとうまいな」と苦笑交じりに言っていたのだ。
客観的には、私は国見くんがさぼるための口実だったのかもしれない。でも、重要なのは私の主観だ。国見くんは、困った私を助けてくれた。運悪く先生のいなかった保健室で、捻挫の手当てもしてくれた。国見くんは、誰よりもかっこよくて誰よりも優しい、本当に私の理想の人だと改めて思った。
それから国見くんは「先生が戻って来るまで横になってたら?」と私にベッドを勧め、自身は近くにあった椅子を引き寄せて私の脇に座り、ようやく堂々とさぼれる環境を手に入れた。さぼっている国見くんも素敵だなあ。そう思いながら時間を過ごして、今に至る。
本当は、なにか他愛のない会話でもして、彼のことをもっと知りたいなあと思う。でも、彼がせっかくゆっくりできる時間を邪魔するわけにはいかないから、その欲求はぐっと抑えた。
代わりに、彼のことをぼんやりと見つめる。私はそれだけでもう充分幸せなのだ。そうして、このまま何事もなく、この幸福な時間は過ぎてゆくのだと思っていた。
彼の眼差しがもう一度私に向けられたのは、それからしばらくしてのことだった。
綺麗な瞳がすっと動いて、また私を映す。私はその漆黒の瞳を見つめながら、彼の言葉を待った。さっきと同じように、私になにか言いたいことができたからこちらを向いたのだと思ったのだ。
しかし、先ほどと違って今度の国見くんは何も言わなかった。彼の形のいい唇はきゅっと閉ざされたまま、動く気配を見せない。そのまま時間だけが刻々と過ぎていく。
どうして国見くんは、何も言わずにこちらを見ているのだろう。綺麗な、そして私の心の中を見透かすような眼差しに、今までずっと押さえつけていた心臓が少しだけ大きく鼓動する。
……このままだと、私の本当の気持ちがばれてしまうのでは。そんな焦りを感じた私は、国見くんの瞳から逃れるように視線を逸らしながら、「なんで私の方なんか見てるの?」と少し冗談めかして言った。
私のこの発言は、ついさっきの国見くんの言葉を意識したものだった。察しのいい国見くんのことだから、きっと私の意図に気付いてくれるだろう。彼はさっきの私の言葉を引用して「他に見るものがないから」と言ってくれると思うから、そしたら少し笑って、私はこの場を冗談で終わらせられるはずだ。
しかし、国見くんの返答は私の想像とは大きく違っていた。
「見たいと思ったから」
いつも通りの気のない声。しかしその言葉の内容は、いつもの国見くんからは想像できないものだった。
私は自分の耳を疑いながら彼の方を振り向く。国見くんは、やっぱり澄んだ眼差しで私のことを見つめていた。「見たいと思ったから」という彼の声が、頭の中でこだまする。
「……それ、どういう意味?」
私は今にも暴れ出しそうな心臓を理性で抑えながら、震える声でそう尋ねた。もしかしたら、国見くんは私では思い及ばないような意味でこの言葉を選んだのかもしれないと思ったからだ。いや、むしろ、そうでなければ困る。そうでなかったらきっと私は、もう自分の心臓を、感情を、私の手元に置いておけなくなってしまうだろう。どうかそうでありますように、と願いながら待った彼の返事。
「え? 言ったままの意味だけど。詳しく言った方がいい?」
僅かに持ち上がった語尾と、少しだけ傾げられた首。いつも額の真ん中で分かれている前髪がさらりと垂れて、夜のような瞳に不思議な陰影を落とす。
その意味深長な眼差しは、私の感情のふたをあっさり押し開けてしまった。今まで押し止めていた気持ちが、一気に溢れ出す。かあっ、と顔に熱が集まっているのが自分でもわかった。私はシーツの端を掴むと、それをばっと引き上げて顔を覆い隠す。
「え、や、大丈夫です!」
真っ白いシーツの裏側を見ながらやっとの思いでそう言うと、シーツの向こうから微かに笑い声が聞こえてきた。ほんの少しだけシーツを押し下げて、国見くんの方に視線をやる。
いつも気だるげな印象の双眸をきゅっと細めて、わずかに両端の持ち上がった口元を右手で隠して、国見くんが笑っていた。あ、国見くんってこんな風に笑うんだ。私はまた新しく見つけた彼の素敵なところを、記憶の小箱にしっかりとしまい込む。
笑い終えた国見くんは、眼元をシーツからのぞかせる私に向かってゆっくりと口を開いた。
「苗字、俺が保健室に付き添ったの、さぼりたいからだと思ってるだろ?」
私はそれに、小さく頷く。国見くんは気だるそうに丸めていた背中をほんの少しだけ伸ばして、続けた。
「それ、違うから」
ぴんと張りつめたような語尾。私を見つめる国見くんの瞳が、わずかに揺れる。
違う、と国見くんは言った。では、どう違うの? その奥にある真実に手を伸ばせば、きっとすぐに届くだろう。先刻までの私なら、その手はかたく握ったままだった。でも、今は違う。今の私では、止められない。国見くんはとてもかっこよくて、優しくて、私とでは釣り合うはずがないってわかっていても、飛び出す言葉を止められなかった。
「違うって、どういうふうに?」
国見くんのせいだ。私がこんなふうになってしまったのは。隠しておくつもりだった気持ちを、隠しきれなくなったのは。
見つめる先の彼が、ゆっくりと唇を開く。私は早鐘のような心臓の音を聞きながら、覚悟を決めた。私はもう止まらない。最後まで付き合うから、だから、あなたも責任とってよね。
この愛は連帯責任でお願いします
(企画サイト「
僕ら主演サイレント映画」様に提出、お題は「
不眠症のラベンダー」様より)
←