第34回壁外調査から戻ったモブリット・バーナーは、その調査で空席となってしまった第4分隊の副隊長に就任が決まった。当初、同じ隊にいた仲間たちは栄転じゃないかと言って祝福をしてくれたし、モブリット自身も思いがけないチャンスに恵まれたと胸を熱くしたのだが……実際に第4分隊で任務にあたって、はじめて彼はこれが栄転でもなんでもなかったことに気が付いた。
つまり、彼が就任した第4分隊副長というのは、名前だけは仰々しいが、実際のところはなにかと問題の多い第4分隊隊長ハンジ・ゾエの雑用係だったのだ。

今にしてみれば、だ。自分にこの話が来たときにこのことに気付くべきだったのだと、モブリットは思っている。モブリットはこれまで五体満足で生き残ってきた歴戦の調査兵であるが、とりたてて戦績がよいわけではない。よくも悪くも普通の男だった。こんな普通の自分に、なにか偉大で特別な仕事が任されるわけがなかったのだ。
この人事には、自分が所属していた3班の班長の後押しがあったと後に風の噂に聞いた。モブリットという男は戦績こそ凡庸であるが、その勤勉さはハンジの補佐に向いているだろう。そんな評価がくだされていたらしい。

この噂の真偽について、モブリットはいつか機会があれば確かめたいと思っていた。だか、次の壁外調査でその3班の班長が帰らぬ人となったため、真実を知る機会は失われてしまった。
あんなに優秀だった班長が亡くなって、凡庸なモブリットが生還した理由は明白だった。ハンジの補佐となったモブリットは、ハンジの傍、つまり陣形の比較的中枢に構えることになったからだ。

それからもモブリットは前線に配備される仲間たちを見送りながら、かつての班長の期待通り勤勉に働いた。第4分隊の作業効率は驚くほど改善され、時間に余裕のできたハンジは、かねてより主張していた巨人の捕獲作戦についての仕事に取り掛かることが出来るようになった。

それに気をよくしたハンジはある時、自分の代わりに様々な仕事をこなしてくれる優秀な部下に向かってこう尋ねた、「そういえばモブリット。君は部下が欲しいなー、なんて思ったことはないかい?」
これは、モブリットに補佐官をつけることで彼の事務処理能力が上がれば、今よりも更に巨人の研究に時間を費やせるようになるのではないか、というハンジの甘いもくろみから出た質問であった。
ハンジのもとで働き、その人柄を嫌というほど思い知らされていたモブリットは、本来であればハンジのそのもくろみを看破し、そんなことよりも仕事をしてくださいよと催促のひとつでも投げつけていたことだろう。しかし、この時のモブリットは、ハンジのその言葉を受けてすぐにある兵士の姿を脳裏に思い浮かべてしまったため、それに気付くことができなかった。

その兵士というのが、ナマエだった。あの、第34回壁外調査から戻ってから、彼女のことを少し調べた。ウォールマリア陥落以前の西方訓練兵団で学んだ、自分よりも4つ年下の調査兵。戦績は至って平凡であったが、几帳面な性格と正確な仕事を評価されて、補給を担当する10班に配属されることになった彼女。
彼女の同期もまた、飛びぬけて優秀な者を除いて、前線に配置された者から順に死亡、ないしは怪我による除隊によって、順当に数を減らしていた。

それを知ったとき、モブリットは、今ならばあの時彼女が見せた憂いを帯びた表情の意味がなんとなく分かる気がするな、と思った。もちろん、今後自分と彼女がこのことについて話をして真実を明らかにするようなことは、絶対にないだろう。なぜならば、それについて深く思考したり、明確な言葉にすることは、きっと誇りを持って死んでいった仲間たちへの冒涜になるからだ。
それでもモブリットがあの時の彼女の表情についてある種の確信を持っているのには、理由があった。それは、自分が、そして彼女が、ただ勤勉だというだけで生き残っている、ごく普通の人間だったからだ。

ナマエのことを思い出したモブリットは、まるで懐かしい思い出話をするかのように、ほんの少しだけ彼女のことをハンジに話した。もしも本当に部下がもらえるのであれば、ナマエという10班所属の補給兵がいいと思っていること。彼女は非常に冷静で、仕事も正確で、きっと自分と馬が合うだろうということ。

この時、自分の話を聞いた上司は「へえ」と相槌をうったかと思うと「あ、そういえばさ、」と別の仕事の話を始めたので、モブリットはいつもの脈絡のない雑談のひとつとしてこの話題を処理していた。
だから、それから2回の壁外調査を終えたある日、執務室に現れたハンジが彼女を引き連れていたのを見て、言葉を失ってしまったのだった。

彼女はあの日見せたのと全く同じ美しい敬礼で自己紹介をすると、モブリットに向かってこう言った。

「第4分隊副隊長殿の補佐官として、10班からやってまいりました。よろしくお願いします」




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