きっとこの国に私のパートナーはいない。
一週間ほど歩き回った末にそう結論付けたティオは、港から出る船に乗って大陸を目指そうとしていた。

もちろん、この世界の貨幣なんて持っていない。適当な家族連れに紛れるか、出港直前に潜り込んで船底に隠れるか、方法ならいくらでもある。とにかく、どうにかしてこのデンマークのファルスター島を出て、パートナーを探しに行かなければならなかった。

朝一番でドイツから乗客を運んできた船が、低い汽笛と共に港に入港してくる。
よし、あれにしよう。ティオは大きなピンク色の瞳に強い意志を宿して船を見上げた。客船から桟橋にタラップがかけられる。ドイツから入国してくる乗客たちの切符が回収され、同時に簡単な入国審査が行われる。
それを見たティオは、僅かに緊張を緩めた。入国審査が下船時なら、向こうについてからなんとか逃げおおすこともできるだろう。パートナーが見つかっていないとはいえ、彼女も魔物の子供。その身体能力は、人間の大人の男を遥かに凌ぐ。

ティオは朱色の本を抱える両腕の力をぐっと強め、決意を固めるようにそっと目を閉じた。

その瞬間だった。

船上の人だかりから、わっと怒号と悲鳴の入り混じった声が上がった。
ティオは閉じた瞼をかっと見開き、騒ぎの中心に視線を注ぐ。体を駆け抜けた緊張に、本を抱く両腕がぎゅっと強張る。
警戒を解くことなく眇めた両目が捉えたのは、騒ぎの中心から飛び出してきた白い髪の少年だった。ティオの見上げた視線の先、からっと晴れたデンマークの青空に輝く太陽の光の中で、その柔らかな白髪がきらきらと輝いていた。

恐ろしい跳躍力で船縁を飛び越えた少年が、ティオの目の前にすとん、と膝を折って着地する。その身軽さは、まるで人間ではないかのようで。ティオは本能的に本を守るように抱き抱えて、立ち上がる少年を睨み上げた。

背はティオよりもゆうに15センチは高かった。しかし、体のラインはこの辺りの少年たちと比べると細く華奢で、顔つきもどこか幼く感じられる。しかし、真っ直ぐに前を見据える薄い紫苑の瞳だけは酷く老成しており、ティオの視線を引き付けた。
この紫苑の鋭い眼差し、輝く白い髪の毛。それらがティオの記憶中枢を刺激する。この少年、どこかで見たことがある。しかし、どこで。

「あいつだ! 捕まえろ!」

船の上から追ってくる怒号から逃れるように、眼前の少年は駆け出した。

「ちょっと!」

ティオは彼を慌てて呼び止めようとしたが、少年はその視線を一瞬だけティオに向けただけで、足を止めることはしなかった。
両足をしなやかに動かして、少年は人混みの中に消えていってしまった。

船から飛び出してきた大人たちが、少年を追って街の方へ走ってゆく。だがその速度では、きっと彼に追い付くことはできないだろう。
ティオは混乱する港のただ中で、本を鞄に入れてそれを素早く背負う。そして逃亡した少年を探して慌ただしく乱れる乗船口へと駆け出した。今ならば、楽に紛れ込むことができるだろう。

ティオは心の中で彼に感謝をしながら、甲板から石造りの街を振り返った。
どうか、彼が無事でいますように。




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