ヨポポと海岸沿いで遊んでいたジェムは、自分の投げたボールを追って走っていたヨポポが不意にその足を止めたことを疑問に思った。
「どうしたの?」
そう尋ねかけながらヨポポに近付く。ジェムが彼の視線を辿ると、そこにはすぐ脇の小道を北から歩いてくる少年の姿があった。ヨポポは険しい目付きで少年を見据えながら、ジェムを庇うように少年の前に立ちはだかる。
ざっくりと切られた白い髪の少年は、そんなヨポポの様子を見て寂しそうに笑った。気を悪くしてしまったのだろうか。ジェムは「こら」とヨポポを窘める。いつもならへにゃりと笑ってジェムに従うヨポポ。しかし、この時のヨポポはなぜかジェムの制止に従わずに自分よりも背の高いその少年を睨み上げ続けた。
「こらヨポポ、……ごめんなさい」
ジェムがヨポポの非礼を詫びると、少年はその深いライラック色の瞳をふわりと細めて「とんでもないです」と静かに言った。男の子にしては荒っぽい響きのない声で、それは不思議とジェムの耳に残った。
「彼は当然のことをしているだけだから」
ヨポポを見ながらそう言った少年の言葉の意味を、ジェムはうまく理解することができなかった。ただ、彼が気を悪くしているわけではないことがわかって、ほっと胸を撫で下ろした。
「ぼくはフランスに行きたいんだけど、港がどっちかわかりますか?」
「フランス?」
確かポーツマスから船が出ていたと記憶していたジェムがそのことを告げると、彼は「ありがとう」と短く礼を述べて南への道を歩きだした。
ジェムは慌ててその背中を呼び止めて、歩いて行くには遠いことと、なんならおじいちゃんにお願いしてポーツマスまで送ってもいいことを告げる。どうしてこの少年がこんなに気になるのかわからないが、そんな言葉が口をついて飛び出した。少年は歩みを止めて驚いた表情でジェムを振り返り、それから自分を牽制し続けるヨポポに視線を移した。
「……まだ本は渡してないの?」
少年はヨポポにそう尋ねたが、ヨポポは何も言わずに大きな瞳で少年を警戒し続けるだけだった。
少年に言葉を返したのはジェムだった。「本?」と短く尋ね返す。すると、少年は首を少し右に傾けてヨポポに微笑みかけた。涼しげな目元がヨポポを射抜く。普段あんなに騒がしいヨポポが何も言わずに拳を強く握っていることが、ジェムはただただ不思議だった。
「……ぼくは行きます。ふたりの邪魔をしてしまっているみたいだから」
少年は薄い珊瑚色の唇を開いて、苦笑混じりにそう言った。ジェムは慌ててそんなことないと言おうとしたが、少年が踵を返す方が僅かに早かった。
「彼と仲良くしてくださいね」
白い髪に潮風をふわりと纏わせて、少年は南へと消えていった。
「もう! ヨポポ!」
少年が去ってしまったことが無性に寂しかったジェムは、声を荒げることでそれを紛らわそうとした。
しかし、ヨポポは少年の消えた方向を見つめ続けるだけでなにも言わない。なんだか鼻白んでしまったジェムは、ヨポポの追っていたボールを取りに、ヨポポを追い越して駆けていった。
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