今日の仕事が無事に終わり、キャンチョメと約束していた広場に戻る。パートナーを捜して広場を見渡したフォルゴレは、見慣れた黄色い嘴をすぐに見つけた。
にこにこと上機嫌な弧を描くそれは、彼の隣に座る見知らぬ少年に向けられていた。フォルゴレはその白い髪の少年を見るのははじめてだったが、キャンチョメが笑いながら彼と言葉を交わしている様子は仲睦まじく、ふたりでメインストリートにある広場の中央階段の隅に腰掛けている様子は、地元の子供たちと大差ない。
いつもならひとりで自分の帰りを待つキャンチョメの隣に人がいた事を嬉しく思ったフォルゴレは、遠くから大きな声でキャンチョメを呼ぶ。大好きなパートナーの声に気付いたキャンチョメは、彼に小さな手をちぎれんばかりに振り、石段に座る少年に向かって自慢げに嘴を開いた。
「ほら、本物のフォルゴレだぜ!すごいだろう!」
はしゃぐキャンチョメの隣で静かに笑う人物が誰なのかをそれとなく尋ねると、キャンチョメは「フォルゴレに憧れる少年さ!あのでっかいテレビを見つめていたんだ」と言い、メインストリートにある大きな電光板を指差した。
「成る程、私のファンの少年か」
そう言いながら白いシャツを着た少年に視線をやったフォルゴレは、彼の薄い紫苑色の瞳を見て、それから、楽しげに頬を紅潮させるキャンチョメを「こらキャンチョメ、レディをこんな所に座らせちゃダメじゃないか」とウインク混じりに軽く窘めた。
キャンチョメは丸っこい嘴を開いて間抜けな声で「レディ?」と反復したが、白髪の少年、いや、少女はフォルゴレのその言葉にもっと敏感に反応した。ぱっと目を見開き、フォルゴレを警戒するように見つめる。そしてゆっくりと腰を浮かせながら、一歩じりっと後退る。
「君、女の子だったの?」
少女を見上げるキャンチョメが、暢気な声で言った。
彼女は紫色の視線を迷うように左上に泳がせてから、観念したように「うん、」と小さく頷いた。もどかしげに細められた眦と引き結ばれた口元は、笑っている筈なのにどうしてだかとても悲しそうな印象をキャンチョメに与えた。
「言ってくれればよかったのになあ」と呟きながら丸い瞳で少女を見上げていたキャンチョメは、ふと、彼女の顔をまじまじと見つめながら頭の奥になにか引っ掛かるものを感じた。
強い光を放つ紫苑の瞳。僕はこの眼差しをどこかで見たことがある気がする。
「なあ君、どこかで」
会ったことないかい?そう続けようとしたキャンチョメの頭を、少女は姉が幼い弟なんかにするようにやや乱暴にぐりぐりと撫でた。
そうして老成した眼差しをキャンチョメに投げ掛け、即座に体を反転させて駆け出した。彼女はもう二度とここに来ないつもりで逃げ出したのであったが、キャンチョメはそれに気付いていない。
「おーい!また明日な!」
キャンチョメが駆け去ってゆく背中に無邪気にそう呼びかけると、彼女は振り返る事なく右手を天高く上げてそれに応えた。ミラノの高い青空に、彼女の華奢な背中が消えてゆく。
「なあキャンチョメ、あの子はなんて名前なんだ?」
フォルゴレにそう問われてはじめて、キャンチョメは話す事に夢中で彼女に名前を尋ねていなかったことに気付いた。フォルゴレに正直にそう言うと、また「だめだぞ」と窘められそうだったので、キャンチョメは彼女の去った方向を見つめたままにっこり笑ってこう言うことにした。
「明日の楽しみにとっといたのさ」
あながち嘘でもなかった。キャンチョメはスキップ混じりの軽やかな歩調でその日の帰路についた。
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