おそらく、炭鉱で働くために魔力を僅かに使って力を底上げしていたのだろう。ばれることはないと踏んでいたのかもしれないが、この戦いの運命はどうやっても避けられない。僅かな魔力を嗅ぎ付けて、魔物は集まる。彼のように。
「お前、まだパートナーがいないのか?」
マルスは、にたりと勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言った。
ナマエは炭鉱作業で煤けた顔を僅かに歪めて、マルスの目を正面から睨み据える。
「天才も、こうなると惨めなもんだな」
パートナーがいない事だけではない、彼女が美しかった白い長髪を惨めに切り落として男装し、煤に塗れて働いていたことも、マルスの優越感を肥大させてゆく格好の材料となった。
マルスは人間の少年を装っていたナマエの正体を一目で見破ったのだが、それは今まで彼が抱いていた劣等感に端を発するものであることに、ナマエはおろかマルス本人でさえも気付いていなかった。同じ学舎で学んでいたナマエやブラゴに、無意識のうちに大きな劣等感を抱いていたマルス。彼は、特に女でありながら自分よりも遥かに実力のあるナマエを嫉んでいたのだ。いつも悔しい思いをしながら見上げつづけたその顔を、マルスが見間違えることはなかった。
だが、しかし、マルスは稀有なチャンスを掴んだのだった。この戦いでは、魔物の力だけではなく、パートナーの力量も勝敗を決める大きな要因となる。魔界はどんなに持て囃されていたとしても、パートナーのいない状況ではナマエに勝ち目はない。
臍を噛む思いでマルスに対峙するナマエの背後で、同じ少年鉱夫たちがざわざわと騒ぎはじめる。新入りがサボっているぞ。鉱夫の誰かが監督者にそう告げ口するのが耳に入った。……もうここにはいられないな。ナマエは親切にしてくれた親方に何も言わずに炭鉱を去る結果になるであろうことを今までの経験から察して、胸の内で密かに親方に別れを告げた。
「さあ、本を出せ!」
マルスはそう高圧的に叫んで、彼女に向かって右手を向ける。
ナマエは静かにマルスへ向けていた双眸をもどかしそうに細め、「本はない」と短く言い放った。本当のことだった。
しかしマルスはそれを信じなかった。それは魔物の下す判断としてごく当然なものだった。パートナーのいない魔物が本を何処かに隠す利点なんてほとんどない。
侮辱されたと感じたマルスは、パートナーに視線を送る。それを合図に光りはじめたマルスの本。それを見たナマエは、「ここではやめて!」と嘆願した。まだ炭鉱の中には人がいた。何が崩落の引き金になるかわからない。
「せめて場所を変えてちょうだい!」
いつもは穏やかな目を鬼のように吊り上げて言った彼女に、マルスは「命令してんじゃねぇ!」と吐き捨てて掌を構えた。
ナマエの顔が苦々しく歪む。そして自分の背後にいる人々の視線を一身に受けながら、腰を低くして攻撃を受け止める体制をとった。それが更にマルスを逆上させた。
「ガロン!」
レンブラントの呪文を受けて、マルスの掌から巨大な鉄の棍棒が飛び出した。いくつもの棘が付いたそれが、ナマエに向かって一直線に伸びてゆく。
ナマエの背後で、同僚たちが慌てふためく。幾人かは彼女を心配して「逃げろ!」と声をかけてくれた。が、逃げるなんてことは、彼女にはできなかった。彼女の後ろには今まで世話になった人たちがいるのだから。
ナマエは、今まで抑えていた魔力を一気に解放する。術は使えなくとも、いくらか体を強化することはできる。
彼女は迫り来る鉄塊を憂いに曇る瞳で見上げながら、呼吸を整えて衝撃に備えた。
←