バリーがポーランドにいたことは、ナマエにとって悪い偶然であったと言えるだろう。
強い魔力を感知した彼はパートナーのグスタフを伴って魔力の中心へ急ぎ向かう。

バリーが本能に従って辿り着いた先は、荒涼とした岩場だった。幾つもの大型機械が設置されており、大規模な石炭採掘場が形成されている。坑道の出入口とおぼしき場所に、混乱に惑う人の群れが見える。その騒ぎの中心にいたのは、小綺麗な身なりで狼狽しきった表情を浮かべた雄の魔物と、それに対峙する煤けた灰青色の頭をした作業着姿の幼い人間だった。見たところここにいる魔物はあの紫のベストを着たいけ好かない青年ひとりきりだ。が、その表情や佇まいから判断するに、あの魔物が先程バリーが感じた爆発的な魔力の持ち主であるとは、どうにも考えられなかった。
バリーの推察は正しく、「ガンズ・ガロン!」という呪文と共に複数の鉄球を発射した魔物の魔力は、大したものではなかった。

……勘違いだったか。そう思い、この場に対する興味を失いかけたその瞬間。バリーは自分の体を圧倒する程の魔力を全身に感じて、閉じかけていた瞼をかっと見開いた。角が示す魔力の中心。そこにいたのは、あの薄汚れた少年だった。つい先程まで人間だと思っていた、魔力をまるで感じさせなかった紫苑の目をした少年。彼は鉄球を全て体で受け止め、老成した静かな瞳で相手の魔物を見つめていた。術も使っていないのに、少年の体には傷ひとつ付いていない。

バリーは全身を電流のような緊張が駆け抜けてゆくのを感じた。こいつは本物だと思った。グスタフを急かして呪文を唱えさせる。
ガルゾニスの回転とスピードで二体の魔物の間に割って入ったバリーは、小柄な少年の瞳を真っ直ぐに捉えた。するとこの少年は、眉根にぎゅっと皺を寄せて、何かに堪えるように唇をきっと引き結んだ。驚くでも怯えるでもなく、ただ悲しみを堪えるような表情だった。これから魔界の王の座をかけて戦おうという相手に向けるにしては覇気に欠けるその表情に苛立ちを感じたバリーは声を荒げようとしたが、それよりも鉄を操る魔物が自分に怒声を浴びせる方が早かった。

「なんだ! お前は!」

その至極真っ当な言い分を、バリーは「うるせえ!!」の一言と共に力でもって征圧する。
グスタフの唱えた呪文「ゾニス」を相手の魔物に撃ち込んだのだ。たったの一撃で息も絶え絶えになってしまった魔物を、まるで石ころでも見るかのように見下ろす。普段のバリーなら、ここで確実に相手の本を燃やしていただろう。これは魔界の王を決める戦いで、弱い者は戦いの舞台から消えるべきだと彼は思っている。しかし、今はこの魔物の本を燃やすよりも重要なことが、バリーの目の前にあった。

「雑魚は雑魚同士遊んでろ、邪魔すんじゃねえ」

完全に戦意を失った魔物にそう吐き捨てて、バリーは線の細い魔物の少年に向き直った。

「オレと勝負しろ」

バリーの好戦的な眼差しが、少年の涼やかな視線を絡め取る。少年が戦いを厭うようにバリーから目を背けた瞬間、バリーは少年の背後に鎮座する炭鉱を指差して言った。

「逃げようなんて思うなよ」

自分が逃げればどうなるかを瞬時に理解したらしい華奢な魔物は、紫黒に濁った瞳を観念したように伏せる。それから汚れた作業着に包まれた右腕を肩の高さまで持ち上げて、東の方角を指差した。

「あっちに、荒れ地がある」

せめて、そこで。少年が胸の奥から絞り出したその声に、バリーは満足げににやりと笑った。
こいつを倒せば、イライラも少しは晴れるに違いない。




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