「絶対にガッシュちゃんに会うのよ!」

明瞭な声でそう言ったパティの背中の向こう、モスクワのメインストリートを各々の目指す方向へ歩いてゆく人の波で混沌とする雑踏の中で、一つの頭がくるりとこちらに向いたのを、ウルルははっきりと見た。
それはまわりの大人たちよりも頭ふたつは小さい少年の姿だったにも関わらず、ウルルは彼の存在をはっきりと目視で捉えることができた。思わず目を奪われてしまうなにかが、その少年にはあったのだ。

パティがウルルの視線を追って少年の方を振り返る。
パティの深い紺色の瞳と、少年の色素の薄い紫の瞳が、正面からかち合った。

二人が見つめ合ったのは刹那、パティはすぐに少年から視線を逸らしてウルルを見上げた。

「なに?知り合いなの?」

パティの視線が外れた瞬間、少年はこちらに傾けていた注意を断ち切って人混みの中に姿を消した。あれ程ウルルの目を引き付けて止まなかったオーラのようなものは、最早微塵も感じられなかった。最小限の動きで自分の存在を探知できなくしてしまった少年のその手際の鮮やかさに、ウルルは自身の背中に冷たいものが伝うのを感じずにはいられなかった。
パティがガッシュの名を口にした途端こちらを振り向いたあの少年。パティの思い人を知っているのだとしたら、あれは魔物に違いない。にも関わらず、パティはそれに気付いていない。パティは決して鈍い魔物ではないことを、ウルルは旅の間に身を持って感じていた。パティを欺く程の力の持ち主、ということなのだろうか。

「……パティがガッシュの名前を口にした時、あの子がこちらを向いたんだ」
「なんですって!?」

パティはそう言うが早いか、先程まで少年がいた人混みに向けて駆け出す。
その足取りには、魔物に対する警戒は微塵も感じられない。……どうやら、自分の思い違いだったか。ウルルはそう胸を撫で下ろして、「行くわよ!」と楽しそうに声を上げたパティを追った。



しかし、パティはあの少年を見付けることが出来なかった。少年を捕まえてガッシュの所在を尋ねようとしていたのだが、その手掛かりを失ってしまったことにがっくりと肩を落とす。
そんなパティを見ながら、ウルルはあの少年と再会せずにすんだことに安堵している自分を感じていた。杞憂ならば、それでいい。パティとの旅も、まだ終わりにしたくはなかったし。
ウルルは気落ちするパティをそれとなく慰めて、また彼女について歩き始めた。




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