シベリアを横断する貨物列車で小間使いとして働いているらしい人間の少年に見付かった時は叩き出されることを覚悟した。しかし、この白い髪の少年はカルディオを見て、三度瞼をしばたたかせ、そのまま何も言わずに踵を返して、貨物車両から客室の方へ去っていった。

夜遅くにもう一度ひとりでカルディオの元にやって来た少年は、服の内側に隠していたパンを3つ取り出して、彼の方に寄越す。
「パンは食べないかな……?」と言って少し困ったように笑う少年に、カルディオは礼を述べてからパンにかじりついた。正直なところ、腹は減っていた。

「パルパルモーン」

どうもありがとう、と言ったのだが、その口から出る言葉は人間や魔物の大多数のそれとは違っている。カルディオの言葉がこの人間にきちんと通じたかはわからないが、少年はカルディオがパンを食べるのを見て、安心したように目を細めた。

「なんで列車に乗ってるの?迷子?」

深い青緑色のたてがみが美しい背中を撫でながらそう呟いた少年に、カルディオは迷子じゃないと抗議した。この列車の向かう先に、パートナーがいる気がするのだ。
パルパル、と必死に説明するカルディオの言葉に相槌を打つように頷く少年。その手が背中を撫でる感触は、不思議と心地好かった。他の魔物と群れることが嫌いなカルディオにしては、珍しいことだと自分でも思う。たかだかパンの3つで餌付けされてしまったのか、と自嘲的に笑ってみたが、嫌な気はしなかった。



カルディオが列車の監督者に見付かったのは、それからもう二度の夜が過ぎた日のことだった。列車がエカテリンブルクを出発し、次の駅を目指してスピードを上げはじめた時、大柄な男が貨物車両にやって来たのだ。カルディオを見付けた男の眼差しが、みるみる険しくなってゆく。

あの少年は、騒ぎが大きくなる前に駆け付けて来た。そして、どうか彼を見逃してくださいと頭を下げた。

「ぼくの賃金から、この子の乗車賃を取って構いませんから」
「てめぇの雀の涙みてえな稼ぎで、この列車の乗車賃が払えるわきゃねえだろ」

監督者であるらしい大柄な男は少年の白い頭を掴んで、貨物車両の木の床に乱暴に引き倒した。

「この馬下ろせ。扉開けろ」

男の後ろに控えていた別の少年たちが、男の言葉に従って弾かれたように動き出す。この車両の側面にある重い扉を協力してスライドさせて、50センチ程開く。白い髪の少年は、扉を開けようとする少年たちをなんとか止めようとしたが、またもや大柄な男に髪を捕まれて引き剥がされた。

扉を開けた少年たちがカルディオの体に手をかけて引っ張り出そうとしたが、カルディオは断固としてそれに従わなかった。

「パルパルモーン!」

男に少年の頭を掴む手を離すように命令したが、男はそれを無視して彼を叱責し続けた。なおもカルディオを置くように嘆願し続ける少年に業を煮やした男は、
「物分かりが悪い奴はいらねぇんだよ!」
と吐き捨てて、走る列車から彼を投げ捨てた。列車の外に消えて行った少年ではなく、カルディオを押し出そうとしていた少年たちの方が、高い悲鳴を上げた。

「パルォ!パル!」

カルディオは男を激しく糾弾したが、それが伝わることはなかった。少年の襟首を掴んでいた右手を、汚いものに触れた時にそうするようにハンカチで拭う。それから、仲間がひとり消えてしまったショックで手の止まっていた少年たちに早く馬をつまみ出すよう怒鳴りつけた。

「お前らもあいつと同じ目にあいたいか!?」

カルディオの毛並みを毟るように掴んで、泣きながらなんとか押し出そうとする少年たちの様子から、この男の底が知れた。こんな男のいる列車に乗っている方が気分が悪い。

カルディオは少年たちの手を振り払うと、自ら列車を飛び出して、線路沿いを駆け戻った。
目当ての少年はすぐに見付かった。服を砂埃でどろどろに汚してはいたが、自分の足で立って線路伝いにこちらに歩いて来ているところだった。

「あれ、降りちゃったの」

少し残念そうに笑った少年は、しかし優しくカルディオの頭を撫でた。カルディオは列車を飛び降りて正解だったなと思った。

「パルパル!」

カルディオは彼の横腹に頭を擦りつけて、自分に跨がるよう促す。こんなレール以外になにもない不毛な土地に、この少年を残しては行けない。カルディオは、この少年をどこへなりとも望む場所へ送り届けてやるつもりだった。パートナーに会いに行くのは、それからでも遅くないような気がした。
乗れよ。そう誘うカルディオの背中をひと撫でした少年は、静かにこう言った。

「行きなよ。パートナーが本を待ってる」

少年から微かに漏れだす魔力にぴくりと反応したカルディオは、咄嗟に少年から距離をとった。
彼は、寂しそうに笑っていた。

カルディオは意外にも迷っていた。
この少年が魔物だとわかった瞬間に、カルディオは駆け出すべきだったのだ。魔物は敵だ。そうでなくても、仲間なんか御免だ。だが常に孤独を背負って微笑むこいつだけは、自分の背中に乗せてもいいと、思ってしまったのだ。
少年の切なげな眼差しが、カルディオの迷いに拍車をかけた。そんな顔をするくらいなら、行けなんて言わなければいいのに。

「パル……」

カルディオの迷いを感じ取った少年は、制御していた魔力を一気に解き放った。全身を刺すような強い魔力を放出して、「さあ」とカルディオを強く促す。

カルディオは「パル!」と短く吐き捨てて、踵を返して駆け出した。
きっと彼にこの捨て台詞は正しく伝わっていないが、それでいい。

カルディオを追ってきていた強い魔力は、すぐにそれが嘘であったかのように沈黙した。




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