「こんなことなら日本のガッシュのとこに行けばよかった」

消えゆく魔物の言葉を聞いたレインの双眸がかっと見開かれた。久々に聞いた名前だった。
魔物のパートナーが一目散に逃げ出して行くのを眺めながらレインは、小さく「ガッシュ……」と呟いた。記憶の中を金色の笑顔がよぎる。

その瞬間だった。
ぴり、と肌を刺すような魔物の気配を感じた。かなり近い距離にいる。戦いに気をとられていたせいか、こんなに接近されるまで気配に気付かなかったことを悔やみながら、レインはそちらを振り返った。
そこにいたのは、クロッカス色の瞳をした魔物だった。レインを静かに見詰めながら、少年はただ立ち尽くしていた。レインは少年に視線を固定したまま、周囲の気配を探る。相手のパートナーの気配が感じられないことに、レインは少し安堵した。あの瞳の奥にある力を、レインは測りかねていたからだ。

先に口を開いたのは少年の方だった。

「ガッシュを倒しに行くの?」

真っ直ぐ投げ掛けられたその言葉に、レインは「ガッシュは俺の友人だ!」と吼えた。

「倒すなど、ありえない」

奥歯をぎりりと噛み締めながら睨みつけた先の少年は、レインの威嚇などまるで意に介していないかのようにふっと瞳の力を弱めて微笑み、「そう。気を悪くさせてごめんなさい」と言ってペこりと頭を下げた。瞳の奥に見え隠れしていた未知の光が、ふっと弱まって、消えた。

「……日本か」

少年がそうぽつりと呟いたので、今度はレインが「ガッシュを倒しに行くのか?」と尋ねる。少年は首を横に振って、「ガッシュは友達だから」と薄く薄く微笑んだ。

友達の友達は友達、なんて言葉は机上の空論だと思っていたが……ガッシュには人を繋ぐ力があるのかもしれない。少なくとも、今、レインは目の前の少年に対して、当初程の不信感は抱いていなかった。

「あなたは、ガッシュに会いに行かないの?」

レインはカイルの傍を離れるつもりはなかったので、その問いには否定を込めて静かに首を横に振って答えた。それから、眼前の小柄な少年に「お前は、行くのか?」と問いを返す。
少年は逡巡するように視線を左下に落として、小さく「行こうと思う」と呟いた。東南アジアはセラムの海を渡るあたたかい風が少年の髪をふわりと揺らす。

「そうか」

パートナーのいない身軽な少年が、ほんの少しだけ羨ましくもあった。





それから幾つもの夜が過ぎ、レインが少年と会ったことを忘れた頃、カイルと暮らす小屋の前に一枚の白い紙が置かれていた。重しとして乗せられていた小石を退けて拾い上げたそれには、日本にいるガッシュの住所が書かれていた。
誰が、などと考えるまでもなかった。確信を持って頷いたカイルの手の中で、風に吹かれた白い紙がふわりとそよいだ。




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