リィエンと話していた白い髪の少年は、よく気配を隠してはいるが魔物であることに、ウォンレイは即座に気付いた。ウォンレイが香港の人込みを掻き分けてリィエンに駆け寄ろうとすると、その殺気立った気配に気付いたのか、白い髪の魔物はリィエンと二、三の言葉を交わしたかと思うと、すぐに踵を返して人込みに紛れていってしまった。
「リィエン!」
ウォンレイが呼ぶと、彼女はぱっと眩しい笑顔で振り返った。彼の姿を認めて、彼女の頬がほんのりと上気する。
いつもの彼女と変わらないその様子に胸を撫で下ろしつつ、ウォンレイは先程の少年に何かされなかったかとリィエンに尋ねる。すると、リィエンはきょとんとした表情を浮かべた。その純朴な瞳にウォンレイだけを映しながら「なにもなかったあるよ?」と答える。
あの少年は、日本に渡る方法をリィエンに尋ねていたらしい。飛行機が近くの香港空港から出ていることと、船がよければ上海から出ていることを告げると、少年は安心したようににこりと微笑んで、「ありがとうございました」と言って去っていったと、彼女は言った。
あっけらかんとしているリィエンにあの少年が魔物であったことを告げると、彼女は驚いたような表情を作った。やはり気付いていなかったのか、と思ったウォンレイの視線の先で、リィエンは「でも、言われてみたら納得ある」と言ってそのきりっと上がった双眸を柔らかく細めた。
「笑った感じがちょっと、ウォンレイに似ていたある」
ふわりと笑うその佇まいは幽玄で、どこか危うい、人の理の外で生きる存在そのものだった。リィエンは人混みの中で困ったように立ちすくむ少年にどうしても声をかけないではいられなかった理由をそこに見つけて、納得するように顎を引いた。
笑顔が似ている、と愛する人に言われたウォンレイは、なんとも言えない気持ちで魔物の少年の消えていった方向を見詰める。気配の糸は完全に断ち切られていた。その逃走の手際は無駄がなく、鮮やかとしか言いようがない。
弱い魔物は逃げ続け、逃走に関する術ばかりを覚える者もいるという。だがウォンレイは、あの白い髪の少年がそういう類の魔物だとは思えなかった。なにを考えているのかわからないあの魔物が、ただただ不気味だった。
リィエンは自分とあの魔物を幽玄という同じ言葉で評したが、どうにもそれに納得がいかない。ウォンレイはあの少年を形容するに相応しい、幽玄とは別の言葉を探してみたが、うまい言葉は見付からなかった。
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