ジェノスくんの冷たくて硬い掌が、私の額にぴたりと触れる。
その心地よさに思わず目を閉じてしまった私は、そのまま眠ってしまいそうになるのをなんとか堪えて薄く目を開けた。無機質な金の瞳と、視線が重なる。
「無理せず寝てください」
彼はいつもの調子でそう言ったが、看病してくれる人を目の前にして眠ってしまうのは、やっぱり少し気が引ける。私はその言葉に、朦朧とする意識を総動員して曖昧な微笑みを返した。
すると、ジェノスくんの整った眉が微かに動いて、眉間に薄く皺が刻まれる。悲しそうに? 怒った? 辛そうに? サイボーグである彼の感情はどうしてだか量り辛い。ぼんやりと靄のかかった頭で認識することができるのは、目の前にあるしかめられたままの、しかし整った顔だけ。……ああ、そんな顔をさせたい訳じゃないのになあ。そう思いながら私は、布団の下に大人しく収まっている両手でパジャマの裾をちょっと握る。
それとタイミングをほぼ同じくして、私の額に乗せられた掌がぴぴぴっと軽快な電子音を発した。
それを聞いたジェノスくんは、私の額から掌をそっと外す。私は霞む視界の中、遠ざかってゆく彼の掌を名残惜しい気持ちで見送った。
「……38.6度ありますね」
ジェノスくんの掌は、本当に便利だな、と思う。
怪人と戦う時にはエネルギー砲を撃てるし、洗った食器を乾かす温風だって出せる。今みたいに熱を測る事も出来るし、何より、冷たくて気持ちいいのだ。
「タオル濡らして来ますから、」
待っててください、と言い残して去ろうとしたジェノスくんを、服の裾を掴んで引き止める。
乾いた唇から押し出した「待って、」という声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
立ち止まったジェノスくんが、体を捻ってこちらを振り返る。
「手、」
私は裾を掴んだ右手を精一杯伸ばして、彼の硬い手首を捕まえる。そして僅かに力を込めてこちらに引き寄せると、彼は大人しくそれに従ってくれた。つい先程までいた場所に再び戻って来た彼の手を、額の方にゆっくりと導く。
ぴた、と額を覆ったジェノスくんの掌は、やっぱり気持ちよかった。
「あの……?」と小さく疑問を口にしたジェノスくんの僅かな動揺が掌を通じて伝わって来たが、今の私にはそれを気にする余裕はなかった。襲いかかる睡魔に流されるように瞼を閉じる。額から広がる心地よさに身を委ねながら、視界を占領していた金色がふっと見えなくなってしまったことだけが、少し残念だった。
「もう少しだけ、」
こうしてて、と続けたかったけれど、その言葉が私の喉を揺らす事はなかった。
私がそのまま、眠りに落ちてしまったので。
最寄のスーパーから戻った俺は、奇妙な光景を目の当たりにして思わず体を硬直させてしまった。
ベッドで眠るナマエと、ベッドの脇に直立したまま彼女のおでこに黒い掌を当てているジェノス。
「なにやってんだ、お前」
俺の呆れ声を聞いてナマエの寝顔から視線を上げたジェノスは、そうしてようやく俺に気付いたらしい。どこかぼんやりとした調子で「先生、おかえりなさい」と言い、普段よりゆっくりとした動作で視線をナマエに戻す。
いつもなら近付いてくる俺の生体反応とやらを捉えて、俺が扉を開けると同時に出迎えに来るはずのジェノスのその様子に、俺は面食らった。こいつ、一体どうしちまったんだろう。サイボーグだから、彼女の風邪をもらってしまった、なんて事もありえないし。
風邪薬の入ったビニール袋をとりあえず机の上に置き、ナマエのおでこに掌を当てるジェノスのおでこに掌を当てる。傍から見るとかなり可笑しな構図になっているに違いないが、別に誰に見られる訳でもないので、まあ、気にしないことにする。
ジェノスが金色の瞳を動かしてこちらに不思議そうな視線を寄越す。それを視界の隅で確認しながら、俺はそもそもジェノスの平熱を確認したことがなかったことに気付いた。よって、今のこいつのこの温度が普通なのか、それよりも高いのか低いのか、さっぱりわからない。
不審そうな視線をなるべく気にしないようにしながらジェノスの額から右手を剥がして、俺はなんとなくナマエの方に視線を遣った。ジェノスの無骨な手の下で眠る彼女の顔は、薄く口角を持ち上げた、穏やかな表情を浮かべていた。
なんだ、理由はここにあったのか。
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