浮足立っているのは女の子よりも男子の方だ。
だだ漏れの期待がばれていないわけがないのに、それでも平常を装おうとしている男子たちの様子は、一言で述べるなら滑稽。今年も桐山くん以外揃ったファミリーを眺めながら、アタシは小さく溜息をつく。

だが、彼女はその滑稽さが愛しいと笑った。
視線だけで名前を見遣ると、彼女はごく柔らかな目元で教室を見渡していた。アタシもそれを追って教室の様子を一望する。きゃいきゃいと言葉を交わす女の子たちは微笑ましく、それにこっそり聞き耳をたてながら瞳の奥にぎらぎらとした輝きをたぎらせる男子たちは浅ましく、愛しいという言葉で一括してしまうのはどうも適切ではないように感じられる。

なんとなく納得いかない気持ちで教室を眺めていると、不意に目の前に掌が翳された。
自分のそれよりも小さく柔らかそうな掌は、考えるまでもなく名前のものだ。驚きを抑え込み、アタシは少し眉根に皺を寄せながらじろりと彼女を見遣る。華奢な指の間からこちらに微笑みかける彼女の顔を見た瞬間、ふと甘い香りがアタシの鼻腔をくすぐった。覚えのあるその香りの正体を探って一拍間を置いたアタシの目の前で、名前は笑いながらその掌をひらひらと振る。チョコレートだわ、と思った瞬間に、その香りが強くなるのを感じた。

「期待されてるとさ、頑張りたくなるんだ」

チョコレートの香りのする掌は、ひゅん、と空を切って彼女の元へ帰って行く。
アタシの鼻腔を優しく刺激していた甘い香りが薄くなって、そのままふっと消えた。

代わりに現れたのは、透明なセロハンでラッピングされた2粒のトリュフ。
名前の掌で丸められたであろうそれは、ややいびつではあったが柔らかな丸い形をしている。アタシはそれを、丁寧に受け取った。

「ハッピーバレンタイン、ヅキちゃん」

鮮やかな笑顔でそう言った彼女は、生成の手提げ鞄を持って立ち上がる。
そして「ちょっと行ってくるね」と残して、クラスメイトたちの方へ歩み寄って行った。きっと、あの鞄の中にはこれと同じものがたくさん入っているのだろう。

期待されたら頑張りたくなる。そう笑っていた名前。男子の期待を、滑稽だが愛しいと言い切った名前。
彼女がチョコレートを配り始めた途端、教室の空気が変わる。幾人もの男子の背中がぎりっと強張ったのをアタシはしっかりと見た。さっきまで下卑た話題で盛り上がっていた充ちゃんたちも、さっと話題をすり替える。

それに苦笑を送りながら、アタシはセロハンを開ける。
ふわりと立ち上った甘い香りは彼女の掌のそれと同じで。やんわりと鼻腔をくすぐった。

「料理なんか得意じゃないくせに」

アタシは、名前のように男子の滑稽さを愛しいとは思えない。
しかし、その滑稽さにより作られたこのチョコレートのいびつな形は確かに滑稽で、だが同時に、愛しかった。




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