!ガロウとの戦闘後を捏造、重たい


はじめてここで彼を見た時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。ギプスと包帯で全身を固定されたミイラ男が、病院のベッドに横たわっていたのだ。
バング先生に破門にされた時の傷も癒えぬままガロウに立ち向かった彼は、駆けつけた先生の手で病院に運ばれた。
破門された意味がわからない程、チャランコは愚かではない。彼はそれを理解した上で、それでもガロウに挑み、圧倒的な力の前に散ったのだ。

「林檎にする? 梨にする?」

あの時と比べてだいぶ薄くなった包帯の下の瞳が、私に向けられる。その奥に渦巻いている疑問と不安に気付かないふりをしながら、私は口角をきゅっと持ち上げて小首を傾げた。観念したように梨を要求した彼に明るいトーンで返事をし、冴えない黄土色の果実とナイフを手に取る。
いつの間にか慣れてしまった手つきで皮を剥きながら、私たちは努めてとりとめもない話をした。果物のこと、天気のこと、病院の食事が薄味なことや、最近巡回に来てくれる可愛い看護婦さんのこと。もともと愛想の悪くないチャランコは、言葉の端々で笑みをこぼす。しかしその目の奥だけは、嘘をつけない。

きっともう彼は気付いているはずだ。
自分の体が、以前のようには動かないことに。

サイドテーブルに置かれた白い皿に、みずみずしい果実が並んでゆく。
右利きのチャランコは、それを左手でつまんだ。私はそれを見なかったことにしながら、意味のないことを喋り続ける。

チャランコは、私の兄弟子だった。道場で一番弱かった彼は、誰よりも私の入門を喜んでくれた。些細なことでも先輩ぶって私の世話を焼こうとする彼の楽しげな表情が、私は好きだった。それを見たくて、私は足しげく道場に通った。
けれど、私の実力はすぐに彼を追い越してしまった。私は、それを隠してチャランコの後をついてまわることにした。今思えば、そんな私の浅はかさなんて、バング先生にはお見通しだったのだろう。先生は私にではなく、チャランコに道場の雑巾掛けを命じた。二人で並んで床を磨くのもまた、楽しかった。
ガロウが先生に反旗を翻したその場に、私とチャランコだけがいなかった。彼は晴れて先生の一番弟子となったが、その肩書こそが、彼を武道に熱中させる原因になってしまった。

「なんか梨も飽きたな」

チャランコはぽつりとそう呟いて、一点の曇りもなく磨かれた窓の外に視線を転じる。私はそれを追って、病院の前庭を見下ろした。はじめてここに来た時には緑を茂らせていた広葉樹が、赤や黄色に色付きはじめていた。
エアコンのおかげで夏も秋もなく快適に保たれているこの病室の時間だけが、止まっている。チャランコはガロウがどうなったかも、道場の現状も、なにも知らない。

私のせいだ。
私が実力を偽っていなければ。彼が一番弟子になっていなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。
破門された彼は胴着の帯をきつく締めながら、私にこっそり教えてくれた。本当は、何度も道場をやめてしまおうと思っていたこと。私が笑って後をついてくるのが嬉しかったこと。
私はあの時、チャランコを止めるべきだったのだ。私と彼の実力差なら、それが出来た。彼の決意を踏みにじることを恐れた私は、なにも言えなかった。決意を固めたはずの男がどうして私のもとにやってきてあんなことを口にしたのか、それを考え、ひとつの仮定にようやくたどり着いた時には、もう全てが終わっていた。

彼がガロウに勝負を挑まないではいられない馬鹿ならば、私はその結果を分かっていて止められない阿呆だ。
ゆるして。今もまだ臆病な私は、チャランコのもの静かな眦を見詰めながら、「梨はこれからが旬なんだよ」とまた沈黙を埋めるためだけの言葉を重ねて、剥いたばかりのそれを一切れ口に含んだ。




ALICE+