※死ネタ、ややグロい
※2号ちゃん後天的説っぽい話


覚えているのは、交差点に響き渡ったブレーキの音。
それから、私にむかって走り寄ってくるあの子の必死の形相と、場違いに美しくなびいていた黒い髪。

あの子は、綺麗な女の子だった。賢い女の子だった。それになにより、優しかった。
誰もがあの子の未来を想像して笑みをこぼした。私はそんなあの子と一緒にいられることが、とても誇らしかった。

でも、あの子は死んだ。私が殺したのだ。

私は、あまり賢くない子どもで、なにかに熱中するとすぐに周りのものが目に入らなくなるタイプだった。
あの日も、下校途中にあの子の姿を見つけた私は、いつものように彼女の名前を大声で呼ぶと、なにも考えずに走り出した。タバコ屋の脇を抜け、葉を茂らせる街路樹を追い越し、横断歩道の向こうにいたあの子を目指して走った。

これは私がもう少し成長して、あの頃よりかはいくらか分別のある子どもになってから知ったことなのだが、どうやら、あの交差点は見通しがあまりよくなく、事故も起こりやすかったのだという。

私よりも賢かったあの子は、私が気付かなかった車の存在に気付いた。
そして誰よりも優しかったがために、私を助けようとあの子は道路に飛び出してしまったのだ。

すらりと長い両手で私を突き飛ばしたあの子は、あと少しというところで車にはねられてしまった。

車の硬いバンパーのかどがあの子の右側頭部に食い込んでいく様子は、まるでコマ送りのようにはっきり見えた。
まず、美しかった顔が歪んだ。そして皮膚が裂け、頭蓋骨が砕けて脳が飛び散り、右の眼球が眼窩から押し出されるように零れ落ちた。
助けなきゃ、と思った瞬間、時間の流れが急速に元に戻った。
あの子は勢いよくはねとばされて、アスファルトの上を転がり、電柱と街路樹にぶつかって止まった。熟してはじけたザクロのようになった右側頭部から、脳漿のまじった血がとろとろと流れだしていた。血だまりはあっという間に大きくなって、それから道路脇の排水溝へ静かに流れていった。

賢くて美しくて優しかったあの子は、もうどこにもいなかった。
お葬式でも、あの子の棺の小窓は固く閉ざされたまま、開くことはなかった。
それからしばらくしてあの子の家族はどこか遠くへ引っ越して行って、私があの子のことを思い出すことは次第に減っていった――

でもね、決してあなたのことを忘れたことはなかったよ。
たぶん私は、いつだってあなたの面影を探していた。誰よりも優しくあろうと心掛けた。賢くなれるように勉強だってたくさんした。あなたには遠く及ばないけれど、髪も伸ばして美しく保つよう努めた。
中学や高校時代の写真を紐解けば、私を囲む友人の中に必ずひとり、あなたによく似た女の子が写っている。横断歩道を渡るときは、今でも決まってすらりとした手を探している。助けられるんじゃなく、今度は私があなたを助けられるように、いつでもあなたの面影を探していた。

嘘じゃない。信じてほしい。
だから私は、あなたをもう一度見つけることができたのだ。

本当にしばらくぶりに見つけたあの子は、インターネットの片隅にいた。そこで歌をうたっていた。
今も右の側頭部に生々しく残る傷跡や、飛び出したままの目玉。それとは対照的に美しく優しい左側の顔立ち、すらりと美しい手足。何もかもが、私の中のあの子の記憶と合致した。

胸が熱くなり、涙が滲んだ。
今度は私があなたを助けなければと思っていた。けれど、そんな必要は全くなかったのだ。だってあなたは笑っている。私のことなど恨んでいない穏やかな顔で、愛を歌っている。

私は、もう許されてもいいの?
画面の中のあの子は、私の問いに答えることはしなかった。美しい笑みを浮かべたまま、いびつな、しかしどこまでも深い愛を歌い続けている。
その瞬間、私は理解した。私が殺したあの子は、私のことを恨んではいなかったことを。私を誰よりも憎んでいたのは、あの子を殺した私自身だった。だってあの子は、あんなに優しかった。誰かを恨んだりするはずがなかったのだ。

私はずっと自分で自分を呪いながら、同時にあの子の愛で生かされていたことを知った。
私の両目から涙が流れる。ぼやけた視界。小さな画面の中で歌う女の子の姿が霞んで、そこにかつてのあの子の姿が重なった。私のことは忘れてもいいから、幸せに生きていっていいよ。そう笑顔で歌うあの子。
ああ、そんなのは生きている私のエゴだ。でも、ごめんなさい。私はもう私にも、友人にも、ポリゴンの女の子にも、あなたを重ねることなく生きていく。あなたのことは私の胸の中にしまって、でも忘れないように時折ちゃんと思い出す。

今まで私を生かしてくれてありがとう。
これからは、ちゃんと自分で生きていくから、心配しないで。

画面の中のあの子の笑みが深くなったような気がしたのは刹那。
涙を拭って見つめた先の女の子は、もう全く見知らぬポリゴンの少女だった。
その涼しげな青い瞳を見ながら私は、小さく笑う。そうだ、私の好きだったあの子の瞳は、奥ゆかしい漆黒だった。なのに、どうしてこの子とあの子を重ねてしまっていたんだろう。

きっと学生時代の写真に写る友人を見ても、同じことを思うんだろうな。そんなことを考えながら私はおもむろに携帯電話を手繰り寄せた。贔屓の美容院はまだやっているだろうか。どんな髪型にしようか思案を巡らせながら私は電話を耳に押し当て、
ふと思い出したように、いま表示しているwebページをお気に入りに登録した。彼女たちがイキグサレというアイドルグループであることを確認した瞬間、電話が繋がる。私は少し鼻声になってしまっていることを相手に悟られないようにわざと明瞭に話しながら、そっとブラウザを閉じた。




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