「タツマキちゃーん、トリックオアトリート」

タツマキが自宅の扉を開けると同時に響いたその声に、彼女は無言のまま扉を閉めた。

「うわああああごめん、冗談です閉めないで!」

質の悪いセールスマンよろしく扉の隙間に足先をねじ込んで締め出されることを回避したナマエを、タツマキは寝起きのやや不機嫌そうな眼差しで睨みあげた。扉の隙間から室内に染み込んでくる朝の空気は、10月の終わりに相応しく冷たく湿っている。それが、タツマキの機嫌を輪をかけて損ねた。

「なんなわけ?用があるならさっさとしなさいよ」
「……なんか今日はいつにも増してご機嫌ななめだね?」

幼い子供に対して言うようなその口調に腹を立てたタツマキは、ナマエに向かって人差指を向ける。超能力を使ってやろうか、というその無言の脅迫は、しっかりと彼女に効いた。ナマエは慌てたように「ちょ、ごめん!やめて!」と口早に謝ってから、携えていた手提げ袋からセロハンで包装された菓子を取り出した。

「ハッピーハロウィン」

どこにでも売っているような透明なセロハンの袋の向こうで、ジャックオランタンを模した一口大のマフィンがいくつも笑っていた。生地にかぼちゃを使っているのか、柔らかなオレンジ色をしたそれを、タツマキはしみじみと眺める。
袋越しに見えるナマエの笑顔にせっつかれているような気がして、タツマキは袋の口を縛っていたモールをねじり取り、それをおずおずとひとつ取り出した。見れば見るほどよく出来ているそれ。

若緑色の瞳でマフィンと彼女の笑みを交互に眺めていたタツマキは、唐突に彼女に人差指を向けた。
自分の体に、いきなり見えない力がかかったことに驚いたナマエは、「わっ」と悲鳴じみた声をあげてその口を大きく開いた。タツマキはこともなげな表情を浮かべたまま、彼女の口の中にマフィンを放り込む。
ぱくん、と口を閉じたナマエの顔が、瞬時に歪んだ。

「やっぱり。どうせそんなことだろうと思ったわ」

悶える彼女を涼しい瞳で見やったタツマキは、そう言ってもうひとつマフィンを取り出してそれを真っ二つに割ってみる。中から出てきたのは、緑色をしているペースト状の物体だった。つん、と鼻を突く独特の匂い。わさびだ、とタツマキが理解したと同時に、ナマエは掠れた涙声で「たつまきちゃん、お水くださひ……」と嘆願した。タツマキを見つめる瞳はわさびの刺激のせいで潤んでいた。まばたきをすればすぐにでも雫がこぼれ落ちそうな、丸っこい瞳。
悪戯を仕掛けようとしていた相手によくもまあ簡単にすがれるものだと思ったタツマキは小さくひとつため息をついてから、再び人差指を彼女に向ける。

「玄関先にいられると迷惑」

ナマエの体がふわりと浮かび上がる。タツマキは彼女と、彼女のつくったわさび入りマフィンを携えて、「だいたい朝から非常識なのよ」と悪態をつきながら家の中へ入っていった。「たつまきちゃんごめんー」というナマエの情けない声とぐずっと鼻をすすりあげた音は、タツマキの超能力で音もなく閉じた扉の向こうにさっと閉じ込められてしまった。




ALICE+