「名前さん、今日がなんの日か知ってますか」
アニメ雑誌をめくりながらそう言った祐希に、名前はさも当然のようにこう返して、手にしていたプレッツェルをぱくっとくわえた。
「つげ義春先生のお誕生日でしょ?」
「……」
彼女が素直にハロウィンと答えるわけがない事はなんとなく予想していたけれど、まさかそう来るとは。メメクラゲに刺されておかしくなったの?と嫌味のひとつを言ってもよかったけれど、それではなんだか彼女の思うつぼのような気がする。
祐希はアニメ雑誌をぱたんと閉じると、お菓子をぽりぽりと食べる彼女に向き直る。
「……そのままとぼけるわけ?」
ぼんやりとした口調でそう尋ねると、名前はプレッツェルをくわえたまま「なんにしろ今日はお菓子あげません」と言ってつん、とそっぽを向いた。いつもは「祐希にもあげよう」と言って無理矢理にでもお菓子を渡してくるのに。なんてわかりやすい天邪鬼。
「そうですか。なら仕方ない」
お菓子くれないんだから、イタズラされても仕方ないよね。いつもの無表情でそう言った祐希は、腰を上げて彼女の正面に移動する。
そして、なんの前触れもなく、彼女のくわえているプレッツェルの反対側をぱくんとくわえた。祐希の目の前にある名前の眼が大きく見開かれる。息がかかる距離にある彼女の顔ははっきりと驚きをたたえているが、しかしあまりに突然のことにどうやら身じろぎひとつできないらしい。ただ、その頬だけが、みるみるうちに真っ赤になってゆく。
彼女の虹彩の中に大きく自分の瞳が映り込んでいるのを見つめながら、彼はくわえたプレッツェルをぽきっと折った。半分になったお菓子をくわえて自分を見つめる彼女の顔が、少し間抜けで、祐希は半分のプレッツェルをくわえたまま、ふっと吹き出した。
「な、なによ」
「いえ、別に」
真っ赤な顔をして祐希をねめつける名前に、彼は少しだけ微笑みながらそう返した。
書いてからネットで調べたら、つげ先生のお誕生日は30日でした……
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