『妖怪サンタ』のMV撮影は、とてもスムーズに進んだ。
イキグサレの三人のパフォーマンスは素晴らしかったし、演者の皆さんも息ぴったりのダンスを披露してくれた。『落下ガール』のデッサン人形ダンサーズさんはもちろん、『赤い服の女』でご一緒した4号さんも女優が本業なのにダンスがとてもお上手でびっくりした。最後列に陣取った祟り神さまたちも、それぞれの身体特徴を活かしたとってもキュートな踊りで場を盛り上げてくれた。
イキグサレちゃんと皆さんのおかげで撮り直しはほとんどなく、予定時刻を大幅に前倒して撮影は終了となった。

私は衣装やメイクの直しのためにスタジオに入っていたのだけれど、撮影があまりにスムーズだったため、仕事が来ないまま全工程が終わってしまった。
喜んでいいのか、そうでないのか、なんとも微妙な気持ちになりながら、衣装の片付けの準備をするために一足先に控室に戻ろうとした矢先、

「あ、ナマエさんも、待って」

1号ちゃんの快活な声が、私を呼び留めた。
なんだろう、と思いながら振り返る。1号ちゃんはこちらに駆け寄ってくると、「来て!」と言って私の手を取った。そして、つい先ほどまで皆さんが踊っていた、そして今もまだ演者の皆さんが挨拶を交わしているステージの上に、私を導こうとする。

「え、え?」
「いーからいーから!」

板の上は、ある種の聖地だと私は思っている。演者や大道具さんではないのに板の上にあがるなんて、とめらう私を、しかし1号ちゃんはやや強引に引っぱってゆく。この細腕のどこにそんな力があるのだろう、という怪力で私を舞台の上に連れてくると、彼女はその燃えるように輝く大きな瞳をいたずらっぽく細めて、言った、「やった、ナマエさんと舞台に上がっちゃった」

「1号はインディーズの頃からずっと言ってたものね、ナマエさんと舞台上で写真とりたいなーって」

私の背後から聞こえてきたのは、2号ちゃんの落ち着いた綺麗な声。それに反応して振り返ると、私のすぐ後ろに柔らかな笑みを浮かべた彼女が立っていた。
まるで親戚の子どもを見つめるようなぬるい眼差しに、1号ちゃんは少しだけ顔を赤らめて照れ隠しのために反論する。

「に、2号だって言ってたじゃん」
「まあね」

しかしさすがみんなのお姉さんはすらりとした肩を少しすくめてそう言うだけで、1号ちゃんのように子どもっぽく反論したりはしなかった。
私はなにがなんだかわからないままそんな二人のやりとりを見つめていたのだが、やや遅れて、彼女たちの肩の向こうに今回のMV撮影に関わったスタッフたちの姿を見つけた。どうやら彼らも、私と同じように2号ちゃんに連れられて舞台上にあがってきたらしい。彼らも私と同じように眩しい舞台に上がることには慣れていないようで、仲間同士で顔を見合わせたり、なんだか落ち着かない様子であたりを見渡したりしている。

「もちろん、私もナマエさんと写真とりたかったよ〜」

語尾を可愛らしく伸ばした高い声と共に現れたのは、3号ちゃんだった。彼女は他の二人のようにスタッフを連れていない代わりに、背中に大きな白い袋を担いでいた。妖怪サンタの衣装と相まって、まるっきり本物のサンタさんのように見える3号ちゃん。

そんな彼女を認めて、1号ちゃんは、役者はそろった、と言うように大きく頷いた。
そして、状況を分かっていない私たちスタッフや、今回のMVに出演してくださった演者の皆さんに向き直る。そんな彼女の脇に、いつもの配置で2号ちゃんと3号ちゃんが並んだ。その瞬間、舞台上の空気が変わる。なにかが始まる予感が、ここにいるみんなの胸を支配する。

「えっと、まずは。今日は、皆さんお疲れ様でした!
ちょっと早いですけど、クリスマスにちなんで、妖怪サンタの3人から、今年一年イキグサレを支えてくださった皆さんに、プレゼントを配ります!」

ぴんっと持ち上がった明るい語尾に、2号ちゃんと3号ちゃんの「メリークリスマス!」の声が鮮やかに重なった。

「皆さんのおかげで、この日を迎えられました。ありがとう! メリークリスマス!」

1号ちゃんの挨拶が終わって、3人がぺこっとお辞儀をする。と同時に、演者やスタッフの間から拍手が巻き起こった。
3人は鳴り止まない拍手の嵐の中、ひとりひとりにプレゼントを手渡してゆく。とってもクールでかっこいい無荒様も、照れ屋でシャイな蜘蛛ちゃんたちも、この世界の大御所の外なる神さまも、みんな妖怪サンタの歌詞のように、斜に構えることなく楽しんで、プレゼントを受け取ってゆく。

私のところにやってきたのは、1号ちゃんだった。

「はい、ナマエさん。メリークリスマス」
「ありがとう」

渡されたのは、透明なセロハンに包まれたクッキーだった。おいしそうな焼き色のついたクッキーに、イキグサレのトレードマークの目の模様が、すこしいびつな輪郭でもって描かれている。
きっと、彼女たちは私たちの喜んだ顔を見たいがために、これを手作りしたんだろう。3人で楽しそうにキッチンに向かうイキグサレちゃんを想像して、私は薄く笑う。

クッキーを渡してくれた1号ちゃんは、背筋を伸ばして改まる。そして、少し照れたようにこう言った。

「私、髪も短いし、2号や3号みたいに女の子っぽくもないけど、ナマエさんにメイクしてもらうと、とってもかわいくなれる気がするんだ。いつもありがとう」

髪の毛とおんなじ色に頬を染めて、彼女が笑う。その笑顔に、思わず胸が高鳴った。
1号ちゃんは、かわいいよ。私がメイクしなくたって、充分すぎるくらい。それに、ありがとう、なんて、私にはもったいないよ。だって私は自分の仕事をしてきただけだもの。

でも私がそう言っても、きっとイキグサレのみんなは笑って「それでも。ありがとう」と言ってくれるに違いない。
これが、これこそがアイドルなのだなあと改めて思った。お客さんだけじゃない、スタッフもみんな巻き込んで、笑顔の魔法をかけてしまう。ほんの些細な仕事の積み重ねも、彼女たちにかかれば、こんなふうに素敵な思い出へ早変わり。

ありがとうと言わなければいけないのは私の方だ。だって、こんなに素敵なクリスマスプレゼントは生まれてはじめてだから。
クッキーも、1号ちゃんの言葉も、私たちのことをこうやって労おうとしてくれる3人の気持ちも、今この場にあるなにもかもが、まるで宝物のように輝きながら私の胸にしまわれる。

「こちらこそ、ありがとう」

私の気持ちが、この言葉ではたしてどれだけ伝えられたのかは分からない。しかし、1号ちゃんはとっても嬉しそうに笑って大きく一度頷いてくれた。

「ナマエさん、これからもよろしくね!」
「うん。こちらこそよろしく」
「よし、じゃあ写真撮ろう」
「? 写真?」

私がそう聞き返したのを聞くより先に、1号ちゃんは「集合写真とりまーす!」とみんなに宣言をした。彼女の右手には、どこから取り出したのかタイマー付きのカメラが握られている。
それを見た私は、ついさっきイキグサレのみんなが写真について話していたのを思い出す。たしか、インディーズの頃から、私とステージの上で写真を撮りたいと思ってくれていたんだっけ。

1号ちゃんがステージからおりてカメラのタイマーをセットし始めたのと同時に、2号ちゃんと3号ちゃんがみんなを記念撮影らしい並びに誘導し始めた。今日の演者さんを中心に、スタッフがその周りに並んでゆく。

「あ、ナマエさんこっち!」

私は3号ちゃんに導かれるまま彼女の隣に位置取ると、視線を1号ちゃんに転じた。
ステージの上手奥にあるツリーをうまく画面におさめるためにカメラの配置に苦心していた彼女は、しばしの格闘ののちに、納得いく場所を見つけたらしい。満足げな笑みを浮かべて「じゃあ、いきまーす」と高らかに言ってから、カメラのシャッターボタンを押しこんだ。

10回のアラーム音が鳴り終わるまでにこちらに来なければならない1号ちゃんは、その四肢をしなやかに動かして駆けてくる。やっぱり足が速いなあ、と思いながら彼女を眺めていた私。
不意に、1号ちゃんと視線が合う。彼女の形のいい唇が、綺麗な弧を描く。あれ、1号ちゃん、なんだか私の方に向かって走ってきているような?

そして、カメラが最後のアラームを発した瞬間。彼女は右足で大きく踏み切って、ぴょんと飛び上がった。
彼女の大きな瞳の中に映る私の顔が、少しずつ大きくなってゆく。
そしてシャッターがおりて、

「メリークリスマス!!」

私の胸の中に、真っ赤なサンタが飛び込んできた。私は彼女が怪我をしないように、慌てて彼女を抱きとめる。

驚きの表情を浮かべて彼女を見遣ると、1号ちゃんはへにゃりと笑って、「プレゼントはわたし。なんちゃって」と冗談めかして言った。
ミイラ取りがミイラになる、とはよく言うけれど……サンタクロースがプレゼントになるっていうのは、なかなか珍しいような気がする。そう思った私がふふっと笑うと、1号ちゃんは私に抱きついたまま、その笑みを深くした。




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