庭の桃が咲いた。毎年見てきたその景色。しかし今年は、感動なしにその光景を見ることが出来ない。
うちの門扉脇の壁から道にはみ出すように伸びた枝。そこで咲きほころぶ桃色の花を見た烏養のおじいちゃんが、「今年も咲いたか」と言って足を止めた。
「今年の花はどうですか?」
脚立にのぼり、唐辛子で作った防虫液をスプレーしていた私がそう尋ねると、烏養のおじいちゃんは「枝ぶりがちとアレだが、、まあまあじゃねえか」と言ってにっと笑ってくれた。
「剪定は、来年もっとうまくなるように頑張ります!」
ずっと庭の桃の木を手入れしていたうちの祖父が倒れたのは、去年の秋のことだった。人手も知識もないからと、維持の大変な桃の木を切ってしまうことが家族会議で決まりかけた時、私は自分が世話をするからと言い切って、その決定を覆したのだ。
毎年見てきた桃の木が消えてしまうのが嫌だった。桃の木があれば、入院している祖父の励みになると思った。
「それまでに苗字のじじいが戻ってくりゃあなあ」
そう呟くように言った烏養のおじいちゃんの声は、私の頭上を飛び越えて、桃の花の中に消えてゆく。私は、なんと返したらいいか分からなくて、「今すぐにでも戻って来て欲しいくらいだよ」と言って、手にしていた霧吹きを木に向かって吹き付ける。
私の拗ねたような口調がおかしかったのか、烏養のおじいちゃんは、ははっと軽く笑ってから、「まあ、あの偏屈なら大丈夫だろうがな」と言って、桃の木を見上げた。
私もつられるように少し不格好な枝の先を見上げて、烏養のおじいちゃんの優しい言葉に頷いた。
桃始笑;ももはじめてさく
桃のつぼみがほころび、ゆっくりと咲きはじめる季節
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