まだ登下校時のマフラーは必須だけれど、日が高い時間の体育ではじんわりと汗ばむようになってきた。期末テストも終わり、春休みが間近に迫った体育の授業は、評定も終わっているためほとんどレクリエーションのような雰囲気で授業が進む。運動があまり得意でない私にとって、こののんびりとした雰囲気はありがたい。

今日は生徒の希望で、テニスをすることになった。
屋外コートが人数分はないため、順番待ちの生徒はゆるーくラリーの練習をしながらおしゃべりに興じている。彼女たちの視線の先にいるのは、同じくゆるーい雰囲気でサッカーをしているクラスの男子たちだ。「やっぱり浅羽くんかっこいいよね」なんて言い合いながら、黄色いボールをラケットに当てる。
みんなはおしゃべりをしながら器用にボールを打つのだが、運動音痴な私はどんなに集中しても空振りしてしまう。ペアを組んでいた高橋さんに「ごめんね」と言ってから、私はボールを追って駆け出した。

……そう言えば、高橋さんはあの浅羽くんと付き合ったことがあるんだよなあ。
そんなことをぼんやり考えながら黄色いボールを追って走る。

ころころと転がって止まったボールを拾おうとした私は、その鮮やかな黄色にふわりと留まったモンシロチョウに、思わず手を止めてしまった。もう蝶が飛ぶような季節になったのか。しみじみとそう思いながら、私はボールの脇にしゃがみ込む。
私が近くに寄っても、蝶は逃げなかった。テニスボールの黄色を菜の花やタンポポと勘違いしているのだろうか。

「それは菜の花じゃないですよ」

ぽつりと呟いた私のその言葉に反応したのか、蝶は左右の羽をはばたかせて舞い上がる。ボールを拾い上げてひらひらと飛んでゆく蝶の行く先に視線を転じた私は、そこに浅羽くんがいたことに気付いて、はたと動きを止めた。
……さっきの独り言、聞かれてた? 思わず一歩後退った私を見て、浅羽くんは「苗字さんって蝶と話すタイプの人だったんですね」とぽつりとこぼした。み、見事に聞かれていた!

「ち、違うの! いや、違わないんだけど、でも違うの」

わたわたと弁解の言葉を紡ぐ私と、それを少し楽しそうに眺める浅羽くん。そんな私たちの間を、さっきの蝶が他人のような顔をしてひらひらと飛んでいった。


菜虫化蝶;なむしちょうとなる
青虫が羽化をして蝶になり、菜の花の間を飛びはじめる季節




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