鉄骨の間を渡って行く風が、ひょうと歌う。まだまだ吹き抜けの天井には、群青色の夜空の中で疎らに輝く星が散りばめられて、ちかちかと輝いていた。

家を建てるのが仕事な厳ちゃんには怒られるかもしれないけれど、私はこの建物の骨組みだけがそびえている状態が、一番好きだった。綺麗に整えられた街の中で、ひっそりと、しかし不気味に佇む鉄の塔。どうしてもこの景色を間近で見たくなることがある私は、その度に厳ちゃんにお願いをして、仕事の終わった夜の工事現場にお邪魔させてもらっていた。
もう一週間もすれば、このがらんどうの鉄骨はコンクリートの中に閉じ込められてしまう。彼らが風を感じ、星を眺められる時間は、もう僅かも残されていない。その事実を噛み締めながら、私は静かに鉄骨の中央に佇む。

「おい、閉めるぞ」

厳ちゃんはそう言って、投光機の電源を落とした。天井に散りばめられた星のシーリングライトが、その数を増す。
私の住んでいるマンションも、通っている学校も、かつてこうやって建てられたのだと思う。けれどベッドに寝転がって見上げた白い天井の味気無い眺めと、この景色は、私の中でうまく繋げることができない。

「……私も、厳ちゃんみたいな大工さんになりたいなあ」

この気持ちから逃れたくて、星空に向かって漠然とそう呟くと、背後から呆れたような溜息が聞こえてきた。……どうやら私の浅はかな嘘なんて、彼にはお見通しらしい。
私はそれに苦々しく笑いながら、しっかりとこの星空の天井を、鉄骨の歌を、目と耳に刻み込む。私はもうすぐ厳ちゃんにたしなめられて、ここを去るだろう。そうして星も風もないコンクリートの箱の中に帰ってゆくのだ。

「名前、」

星空から視線を外して、私を呼んだ厳ちゃんを振り返る。彼は仕事道具の入った金属製のケースを下げて、工事現場の入口近くの鉄骨に背中を預けていた。
私は、行くぞ、とか、早くしろ、とかそういう、私を急かす言葉が続くのだろうと思いながら厳ちゃんを見詰めていたので、彼の唇から滑り出てきた言葉は、正直意外なものだった。

「大工は注文通りに建てるだけだぞ」

往来からの逆光のせいで、彼の表情はうまく読み取れなかった。
だがその低い声は、私の胸のがらんどうをうまく捉えていたらしい。彼の言葉は私の中をさあっと駆け抜けて、脳天から夜空へ突き抜けてゆく。がらんどうの中に蟠っていた感情が、解けて明瞭になってゆく。

「そっか。じゃあ私、建築家になろう」

私の脳天気な言葉に、逆光の中の厳ちゃんは低く笑った。私もそれに、笑みを返す。
半分冗談、半分本気のこの言葉がこれからどうなってゆくかは、今はまだわからない。けれど、私の中のがらんどうには残り少ない自由を愛しむ鉄骨の歌が、確かに響き始めていた。




ALICE+