今年も、店の脇に社用のバンを止めると、納品書を持って車を降りる。
ついいつもの癖で坂の上に鎮座する烏野高校、その正門に視線を転ずると、校庭の脇にある桜が次期に満開を迎えようとしていた。桜の花弁が幾片か、風に流されて坂を下ってゆく。

もうすっかり春だ。そう思いながら、大きく息を吸い込んだ。かつては毎日のように吸っていた烏野の空気が、肺にゆっくりと馴染んでゆく。

「おい、さぼってんじゃねえぞ」

背後から聞こえた声に、私は思わず顔を顰めながらそちらを振り返った。
痛んだ金髪をまとめた烏養さんが、坂ノ下商店からしかめっ面をのぞかせている。

「さぼりじゃないです。運転してきたんで、適切な休憩を取ってるんですよ」

烏養さんは、社会人になっても変わらない私の減らず口に、眉根を寄せた。高校時代から変わらないその顔。
言葉はなくとも何を言わんとしているのかがなんとなくわかるようになってしまったのはいつからだったか。お前そんなんでちゃんと社会人出来てんのか? と言いたげな眼差しに、私は余裕たっぷりな笑みを返しながら、右手に持っていた納品書を差し出した。

「サインお願いしまーす、烏養先輩」

烏養さんは「おいおい、まだ学生気分かよ?」と半ば心配するように言いながら、エプロンのポケットからボールペンを取り出した。そして、伝票を店の硝子扉に押し付けて、さらさらとサインをする。
時間を持て余した私は、坂ノ下商店の軒先に視線をやった。今はまだ空っぽの巣を眺めながら、かつてそこに見たツバメの親子を脳裏に描く。商人にとって、ツバメは商売繁盛の吉鳥だ。きっと今年も、ここに彼らが戻ってきますように。

「これから忙しくなりますね」

私は少しの期待と感慨を込めて口を開いたのだが、そんなこと知る由もない彼は「あー、まあな」と、ぼやくように呟いた。高校生の相手は面倒だ、と言うように眇められたその双眸は、いかにも烏養さんらしくて。私はこみ上げてきていた旧懐が一気に遠ざかっていくのを感じながら、声をあげて笑った。


玄鳥至;つばめきたる
冬の眠りからさめた虫たちを求めて、南からツバメが飛んでくる季節




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