「私、もう帰るよー」
私がそう言っても、研磨はゲーム画面から視線を上げることなく「うん」と小さく頷くだけ。昔からずっとこの調子で、もうすっかり馴染んだと思っていた彼のこの態度が、しかし今だけはどうしてもうらめしい。
鉄朗は私の向こうでの様子なんかを割合興味を持って聞いてくれたのになあ。この男は、最後までこの態度を貫くつもりなのだろう。
徒歩五分でお互いの家を行き来できていたあの頃とは違って、私はもう長期休暇の時にしか彼らに会えない。
転校先で新しい友達も出来たけれど、それはやっぱり友達で。研磨や鉄朗のような幼馴染とは、また違ったものだった。
「またしばらく会えなくなるんだよー」
別に寂しがって欲しいわけではない。ただ一言、またねと言って欲しかったのになあ。やっぱり「うん」としか言ってくれない彼にわざと大きな溜息を吐いて、私はしぶしぶ立ち上がることにした。残念だけど、電車の時間が差し迫っていた。
私は「じゃ、元気でね」とだけ言って、研磨の部屋を後にするべくその扉に右手をかけた。
その時だった。
「また、来るんでしょ?」
思わず振り返った先の研磨は、でもやっぱりゲーム画面を見つめていた。
私は少ししどろもどろになりながら「うん」と頷く。親の都合で転校したといっても、父方の実家は東京にあるから、しばらく時間はあくけれど、また必ずここに来る。
「また来るけど、、どうしたの?」
わざわざそんなことを尋ねる研磨が珍しくて、私は少し意地悪かな、と思いながらもその先を追求せずにはいられなかった。
研磨はそんな私の意図を察したのか、ぶっきらぼうに「別に」とだけ言って、そのままだんまりを決め込む。
時間に急かされた私は、そのまま研磨の家を出る他なかった。
正直に言うと、少し惜しかったけれど……、その先は、また次に来た時に聞き出せばいいか。私は、帰省の楽しみが一つ増えたことを素直に喜ぶことにした。
いつの間にか随分と春めいていた空気の中、今はとりあえず、一旦北へ帰ってゆく。
そしてまた、研磨が待ってくれているここに、何度だって帰ってくる。
鴻雁北;こうがんかえる
故郷の春を感じ、雁が北へ帰ってゆく季節
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